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連載

英米タレントショーが映し出す個の力学

アイドル・オーディション番組が映す現代社会(連載第5回)

昨今の日本のオーディション番組が「未完成の成長」を愛でるのだとすれば、英米のそれは、卓越した舞台掌握力を冷徹に見極める場であるといえる。そこでは「共に育ち、共に歩む」という情緒的な共感よりも、ステージに立った瞬間に観客を釘付けにするような、圧倒的な個が求められてきた。そして、配信プラットフォームとSNSが世界を覆ういま、この鮮明だった境界線は、新たな局面を迎えつつある。

 

韓国のHYBEと米国のGeffen Recordsが手がけた多国籍6人組ガールズグループ、KATSEYE。K-POPの育成手法を英語圏市場に持ち込んだ。(画像出典 @katseyeworld/X)

「共感する」日本と、「見つける」英米

日本のオーディション番組が「寄り添い」や「仲間探し」の情緒的な力学を軸にしてきたことは、この連載でも論じてきた通りだ。対照的に、英語圏の番組の根底には、異なる力学が貫いている。英米の視聴者は、個人の力が社会の深層にある格差を突破していくその瞬間にこそ、ある種の興奮を見出しているように思える。

では、「個の力」をシビアに見定める視点が、なぜ英米においてエンターテインメントの主軸となり得るのか。ここでは、まず、その根幹にある「タレント」という言葉の定義から紐解いていこう。

「オーディション」から「タレントショー」へ

英米における番組の特質を考えるうえで、それらが「オーディション番組」ではなく、一般的に「タレントショー(Talent Show)」と呼ばれている事実に着目したい。

ここでいう「タレント」とは、日本語の「芸能人」を指すものではない。それは本来、個人が生まれ持った天賦の才能や、卓越した技術を意味する言葉である。つまり、タレントショーとは、参加者がすでに持ち合わせている並外れた「能力=タレント」を披露し、その真価を問う場と捉えるべきだろう。英米のタレントショーでは、ステージに立ったその瞬間に観客や審査員を圧倒できるかどうかがすべてだ。その場を支配するだけの資質、つまり舞台掌握力を最初から持ち合わせているか、その「能力=タレント」の有無こそが最も重要な評価軸となるのである。

評価の象徴「ゴールデンブザー」と瞬時の魅了

この舞台掌握力を最も象徴的に示しているのが、「ゴールデンブザー」という演出である。

とにかく明るい安村やゆりやんレトリィバァの出演でも注目を集めた英国の『Britain’s Got Talent』(ITV、2007年〜)や、米国の『America’s Got Talent』(NBC、2006年〜)。これらの番組で採用されているゴールデンブザーという制度は、審査員やホストが圧巻のパフォーマンスを目の当たりにした際、その一人の独断で審査員席に置かれた金色のボタンを押すことにより、通常の選考を飛び越えて準決勝進出を決定させる特権的な装置である。

興味深いのは、ゴールデンブザーが押される対象が「王道の技術」から「型破りな個性」まで多層的な点にある。

黄金の紙吹雪が舞い落ちる中、総立ちで歓声を上げる観客たち。ゴールデンブザーが押された瞬間の熱狂。(画像出典 NBC America’s Got Talent)

まずは、誰もが認める洗練された技術を体現した例として、2017年の『America’s Got Talent』第12シーズンに出場した、当時12歳のダルシ・リンを挙げたい。腹話術士のダルシ・リンは、パペットを操り、12歳とは思えぬソウルフルでジャジーな歌声を披露した。その歌唱力は腹話術という枠組みを抜きにしても際立っており、さらには2つのパペットに異なるキャラクターと声色を与えて同時に操り、それらの歌声がステージ上で鮮やかに交錯する様子を一人で演じきるなど、表現の幅は回を重ねるごとに多彩さを増した。

総立ちの観客が拍手を送る中、審査員の賛辞と共にゴールデンブザーが押されると、大量の黄金の紙吹雪がスタジオ中を舞い、会場の熱気は最高潮に達した。一人の才能がその場の空気を完全に支配したことを、黄金の紙吹雪という目に見える形で証明した瞬間である。

対して、圧倒的な個性の力で観客を夢中にさせるケースもある。2015年の『Britain’s Got Talent』第9シーズンに登場したロレイン・ボーウェンがその代表だろう。ロレイン・ボーウェンは当時53歳のピアノ教師で、簡素なCASIOのキーボードと共にステージに現れた。彼女が披露したのは、アップル・クランブルという他愛のないお菓子のレシピを歌った自作曲「クランブル・ソング」である。安っぽい電子音に乗せてノリノリで歌う彼女の歌唱力はお世辞にも上手とは言えず、審査員の多くは困惑し、不合格のブザーを鳴らす者もいた。しかし、天真爛漫な姿とコミカルな歌が放つ独特な世界観は、いつの間にか会場全体を味方につけてしまった。最終的には、会場を埋め尽くす観客の熱狂に背中を押されるようにして、審査員の一人がゴールデンブザーを押した。そこにあったのは、技術の良し悪しを置き去りにして「この人をもっと見ていたい」と思わせてしまう、理屈抜きの魅力である。

英米の舞台が求めるのは、今この瞬間に場を掌握する、その「瞬時の説得力」にほかならない。

格差を突き破る、その2分間

「瞬時の説得力」が英米でこれほど重く扱われる背景には、個人の力だけでは容易に打破できない社会構造がある。

英国では今なお「階級」が見えない壁として機能し、米国では教育や住む場所によって人生の選択肢が大幅に規定される「格差」の現実がある。固定されたその構造の中で、出自や背景、国籍すらも問わず、その場に現れた「才能(タレント)」を最大の評価軸とする、タレントショーという舞台は、極めて公平で開かれた空間となる。

英米の主要なタレントショーを長年牽引してきた音楽プロデューサーのサイモン・カウウェル(後述)は、審査員として、ステージに立つ参加者に対し、しばしばこう口にする。「君の人生が、この2分間で変わるんだ(Your life is going to change in the next two minutes.)」。その言葉は、わずか2分のパフォーマンスが、人生の軌道を強制的に転換させてしまうことを端的に表している。その象徴的な事例が、英国BBCの『The Voice UK』(2020年)に参加した当時17歳のジャマイカ出身の少年、ジェヴァンニ・ハットンである。

同番組の特徴は、審査員が背を向けた状態で声だけを評価するブラインド・オーディションを出発点としている点だ。しかしそれは最初の一段階に過ぎない。審査員の椅子が回転して参加者と向き合った瞬間から、その人物の物語性もまた重要な評価の軸として機能し始める。ジェヴァンニ・ハットンの場合、歌声そのものが群を抜いていたわけではない。家族を養うため英国に渡った父親と長年離れ、ジャマイカで過酷な環境のもと歌の独学を続けてきた彼の境遇が、審査員の1人の心を動かし、彼を次のステージへと引き上げた。単なる技術的評価の枠組みは、ここでは意味をなさない。個人の背景が放つ切実な説得力がショーの根幹である公平性や民主制を上書きし、1人の人間の未来を動かしていく。英米の視聴者は、その瞬間の剥き出しの立身出世にこそ、抗いがたい魅力を感じ続けているのではないだろうか。

固定化された境遇から抜け出し、人生を押し上げようとする上昇への意志。タレントショーという舞台は、自らの運命を好転させたいという切実な抗いを、ありありと映し出す装置にほかならない。

アポロシアターからNetflixへ:舞台が変わっても

オーディション番組ジャンルの原点には、マイケル・ジャクソンらを輩出したニューヨーク・ハーレムの「アポロシアター」に象徴される、オフラインの劇場文化があった。1983年に登場した『Star Search』(1983–1995年:番組配給、2003–2004年:CBS)は、全米への番組配給という形式によって、劇場の熱気をマスメディアへと接続し、国民的な娯楽へと押し上げた。そして2026年1月、同番組がNetflixでリアルタイム配信という形で復活した。舞台は変わったが、多様な才能が競い合いその場で評価されるという番組の本質は、そのまま引き継がれている。

『American Idol』(FOX、2002–2016年)や『The X Factor』(ITV、2004–2018年)といったモンスター番組の審査員として英語圏で絶大な知名度を誇り、同番組のオーディションからワン・ダイレクションを生み出すなど、長年この世界を牽引してきた英国の音楽プロデューサー、サイモン・カウウェル。彼が2025年末から主戦場をテレビからNetflixへと移した事実は、メディアの変容が不可逆であることを示唆している。Netflixで配信されたドキュメンタリー『Simon Cowell: The Next Act』(2025年)では、英国各地とダブリンで1000人超の応募者を審査し、選ばれた16人をマイアミに集めてボーカルコーチングを行うという、新たなボーイズグループの選定過程が克明に描かれる。舞台はNetflixに移っても、才能を見抜き、その真価を問うサイモン・カウウェルの役割は、依然として機能し続けている。劇場やテレビが提供してきた「桁外れな個の力が勝機を掴む熱狂」は、配信という新たな領域へと引き継がれている。

審査員席に座るサイモン・カウウェル。長年にわたり英米タレントショーを牽引してきた英国の音楽プロデューサー。(画像出典 NBC America’s Got Talent)

一方、この流れに異なる文脈をもたらすのが、韓国のHYBEと米国のGeffen Recordsが手がけた多国籍6人組ガールズグループ「KATSEYE(キャッツアイ)」の事例だ。オーディション番組『The Debut: Dream Academy』(2023年)と、舞台裏を克明に描いたNetflixドキュメンタリーシリーズ『Pop Star Academy: KATSEYE』(2024年)を組み合わせたこのプロジェクトは、K-POPの育成手法そのものを英語圏市場に持ち込む試みだった。育成の過程をリアルタイムで可視化するというこの手法は、東アジアでは既に定着していたものだ。それが特定の地域や国のテレビ放送という枠を越え、配信プラットフォームを舞台にグローバルな広がりを見せたのがKATSEYEだった。Netflixドキュメンタリーが巨大なプロモーションとして機能し、従来のテレビ放送を経由せず、SNS上の拡散がグローバルヒットを生み出したことも特筆に値する。英米タレントショーが重んじてきた「個の卓越性」と、東アジアで育まれた「育成プロセスの可視化」。異なる二つの軸は、配信プラットフォームという場で交差し、新たな融合のモデルを提示している。KATSEYEが示した成功法則は、今後さらなるダイナミズムを世界に展開し、タレントショーというジャンルの景色を塗り替えていくことになるだろう。

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プロフィール

鈴木亜矢子(すずきあやこ)

人類学者。東京大学大学院情報学環学際情報学園特任研究員。専門は現代日本若者文化、移動・移住研究。越境・移動する若者の実践を起点に、ジェンダー、階級、メディア等の諸要因が交錯する動態を研究している。共著に『Aspirations of Young Adults in Urban Asia: Values, Family, and Identity』(Berghahan Books, 2020年)、論文に「位置情報を交換する若者たち――友だちとの繋がり方」(『現代思想』2024年6月号)などがある。


本書は、2020年度に放送文化基金が助成した研究「アイドルオーディション番組の総合的研究」の成果をまとめたもの。
『スター誕生!』『ASAYAN』などの歴史的な番組から海外の事例までを体系的に整理し、「オーディションを通して社会を考える」という新しい切り口で論じた初の“オーディション・スタディーズ”。
アイドル文化やメディア研究に関心のある方におすすめの一冊です。

  • 編著者:太田省一 / 塚田修一 / 辻泉
  • 発行所:青弓社
  • 発行日:2025年9月2日

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