助成

寄稿

沖縄の歴史が、テレビマンをつなげていた|戦後80年 沖縄民放三局合同ドキュメンタリー上映会

琉球朝日放送 町龍太郎

会場となった桜坂劇場

戦後80年の節目を迎えた2025年の12月20日と21日に、沖縄の民放3局が初めて「局の垣根」を越え、各局のアーカイブに眠るドキュメンタリーをひとつの場で上映するというイベントが実現しました。ライバル関係にある放送局が手を取り合い、過去の名作番組を「いま届け直す」という前例のない試みは、記憶の継承とテレビの新たな可能性を問いかけるものでもありました。本稿は、このイベントを企画した琉球朝日放送コンテンツビジネス部の町龍太郎さんによる寄稿です。企画の原点から当日のハプニング、そして劇場という空間がテレビ番組にもたらした予想外の発見まで、熱量そのままにお届けします。

「もったいない」から始まった話

今回の企画の発端は2021年に遡ります。当時、報道制作部で初めての長編ドキュメンタリー番組の制作に取り組んでいた私は、過去に先輩たちが制作してきた番組を参考にしようと、自社のアーカイブライブラリーを訪れました。琉球朝日放送は、2025年度で開局から30年を迎えたいわゆる平成新局ですが、目の前のライブラリーにはまさに1990年代から番組がずらりと並んでいたのです。時間を見つけては気になったタイトルを手に取り、見ていくことが最初の始まりでした。やがて、知らなかった沖縄の歴史と次々と出会うことになるとともに、先輩たちが作り上げてきたこの数々の番組たちを今、自分だけが見ていることに違和感を覚えたのです。なんと言いますか…「もったいない」という感覚です。「これらの番組は、今も見る人の心に突き刺さる」という手ごたえがあったのです。とはいえ、当時は、番組制作の真っただ中、自分が作る番組がこの偉大な番組たちの仲間入りできるように精一杯、目の前の仕事に集中しようと。

▶この時制作した番組『戦没者を二度殺すのか』はQAB公式YouTubeチャンネルで配信

そして、迎えた2025年。報道制作の現場を離れているとはいえ、戦後80年という節目を迎える中で、沖縄のテレビマンとしてなにかできることはないだろうかと自分に問いかけたときに、あのライブラリーのことを思い出しました。沖縄戦を直接知る世代が少なくなる中で、ライブラリーに眠る「戦後の記録=アーカイブとなった番組」が、一度の放送だけで埋もれてしまって良いのかと。そこで、自社アーカイブ番組の上映会を企画しようと、企画書を書き始めたのですが、その途中で次なる気づきを得ました。

「琉球朝日放送は開局から30年だけど、琉球放送や沖縄テレビはその倍の60年を超えている。つまり…アーカイブに眠る番組もその倍あるってことか」と。

その気づきから、戦後80年を迎えた今ならば放送局の壁を越え、各局がつくってきた戦後の沖縄の歩みをもう一度県民と共有できるのではないか、普段は、ライバル関係にある民放3局が手を取り合い、視聴者へ向けてアーカイブに眠る番組を「いま届け直す」ことで、オワコンとか、オールドメディアなんて呼ばれて久しいテレビの役割をリアルな場で果たせないだろうかと思い至り、本イベントを企画しました。(少しだけ本音をもらすと、60年以上の歴史を誇る琉球放送と沖縄テレビのアーカイブに眠る伝説の名作番組を私自身も見てみたかったという思いもありました。)

ライバル局が、集まってくれた

企画したとはいえ、琉球放送と沖縄テレビが今回の企画に参画してもらえるかどうかは未知数でした。前例のない企画のうえに、普段はライバル関係にあるテレビ局同士のため、実施はほぼ無理なんじゃないかとも思っていました。そこで、まずは日ごろからお世話になっていた各局の先輩方に相談をしてみることにしました。その結果、企画は実施の方向に舵がきられるのですが、先輩方が社内での難しい調整に奔走していただいたことが十二分に想像できるので、本当に感謝しかありません。なぜ、賛同していただけたのか、その詳細は各社によって多少のグラデーションはあるかとは思いますが、なにより沖縄のメディアにとって「沖縄戦」というのは、すべての垣根を越えて、伝えて、残さないといけないものであるということが根底にあったのだと思います。戦後80年という節目の年に、今回のイベントを開催する意義を感じていただけたと理解していますし、実施に向け一緒に運営を担っていただいた各局の先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。

イベントの開催が決まってからは、各局の担当者で集まり、それぞれ戦後80年というテーマに沿ってドキュメンタリー番組を洗い出して、まずはリストを並べるところから始まりました。そして、上映して終わりではなく、制作者の方を招いたトークイベントを全プログラムに組み込みむとともに、桜坂劇場という街の映画館を会場に選び、入場無料とすることで、より幅広い世代の県民が参加しやすい環境を整えていきました。

今回、上映した番組はライブラリーにある数多くの作品群の中のごく一部の作品です。戦後80年という節目の年に「今、届けるべき作品はなにか?」ということを一番にしながら、番組同士の組み合わせを考慮し、より効果的なカップリングはどの番組なのか?という視点をもって各局のみなさまと話し合いながら、最終的にこの形となりました。

私が現在、所属している部署は、普段から展示会やコンサートを担っている部署でもありますので、そのあたりは日ごろの経験を活かしながら、進めていきました。また、イベントの運営には、沖縄で映画祭を行っているムーリンプロダクションにも協力をあおぎ、映画祭運営のノウハウを存分に活かしていただきました。

1日目登壇者 左から:具志堅勝也さん・宮城さつきさん・嘉手川由紀子さん・塚崎昇平さん

イベントの内容はぜひOKITIVEで

今回のリポートは、イベント当日の話ではなく、企画の背景や準備、実施後の手ごたえなどを中心に執筆させていただきました。イベントの内容については、沖縄テレビが運営するOKITIVEに、非常に力強い記事がありますので、ぜひこちらをご覧ください。

テレビなら「放送事故」ものでした

2日目MC 小波津正光さん(まーちゃん)

良いことだけを書くわけにもいかないので、当日に起こったトラブルについても反省の意味も込めて記載させていただきます。主催側としては、非常に申し訳ない限りだったのですが、番組の上映が始まるタイミングなのに、まだ照明が落ち切っていなかったり、上映作品の最後わずかあと数秒というところで上映が止まってしまったりと、テレビだったら「放送事故」もののトラブルがありました。ご来場いただいた方は、大変申し訳ありませんでした。テレビ番組の上映会という不慣れなイベントだったとはいえ、主催と運営と劇場とで細部まで確認ができておらず、本当に申し訳なかったです。ですが、MCのまーちゃんこと小波津正光さんがさすがのマイクパフォーマンスで会場の空気を柔和なものにしてくれて、本当に助けていただきました。そんなまーちゃんさん関連で台本に無かったことと言えば、ゲスト対談の最中に最後尾にいた私に「企画者としてぜひ喋ったほうがいい」とまーちゃんさんからお呼びがかかり、聞かれるがままにつたない話をしてしまいました。出る側というのは、全く得意分野ではありませんでしたが、自分の言葉で直接、視聴者の方にお伝えできるとても貴重な機会でした。機会があれば、自らの言葉で発信することも行っていきたいと思った出来事でございました。
(今回のこの記事もそのような思いで2000文字くらいでお願いします、という依頼にも関わらず、恐らくいま、5000文字くらい書いています!すいません!)

劇場でみるドキュメンタリーはテレビで見るのとは全然違う

2日間のイベントを通して、アーカイブに眠っていた番組を制作者たちの対話という「今の視点」を加えることで、新たな価値を生み出すことができたのではと感じています。また、リアルな場での戦後の記録を共有するという、テレビ放送とは異なる深い「記憶の継承」の場をつくれたこと、そして、初の3局合同上映会という取り組み自体も、沖縄県民の皆様にポジティブに迎え入れていただいたと上映会のアンケートを通して感じています。継続開催を望む声が多く、期待に応えられるのか自信がないのですが、なんとか次なる形を先輩方とともに模索したいと考えています。

2日目 第3プログラム登壇者 左から:小波津正光さん・山里孫在さん・島袋夏子さん
2日目 第4プログラム登壇者 左から:小波津正光さん・仲里雅之さん・松本早織さん

実は、上映会を終え年明けの1月にようやく打ち上げという形で初めて、運営メンバーで会食を開催しましたが、やはりみなさん口々にしていた「劇場でみるドキュメンタリーはテレビで見るのとは全然違う」ということがとても強く印象に残っています。

桜坂劇場が、好きすぎる

今回、なぜ桜坂劇場だったのか?と言われれば、私が普段から通っていてとても好きな劇場だからというのが一番率直なものですが、桜坂劇場という劇場はとてもすばらしい劇場です!声を大にして、本当なら文字も太文字でフォントサイズも20から30くらいで伝えたいところです。なにがすばらしいか、まずたたずまい、その門がまえ。そして、なにより日頃からいわゆる商業作品や大作というよりも、どちらかと言えば、だれが見るんだこの映画は、というような作品を上映しています。その「誰が見るんだこの映画」を私は好き好んでみています。皆様の地域にもありませんか?ドキュメンタリーや昔の名作を上映している映画館です。桜坂は、上映だけでなく、桜坂大学ということで沖縄やエンタメに関する歴史や文化を学べる場でもあるし、いい感じの昔の漫画や映画やDVDも売っているし、沖縄の焼き物も売っているし、沖縄文化の発信拠点なんです。沖縄に来たら、国際通りにくることが多いと思いますが、近いのでぜひ桜坂劇場に足を運んでほしいです。

「記録の中に生き続ける声がある」桜坂劇場にて

ながら見の番組が、劇場に放たれた

前置きが長くなりましたが、テレビ番組というのはいわゆる「ながら見」というのを意識して、制作者側は番組を作っています。いつ、どんなタイミングで見るか分からないし、耳だけで聞いているかもしれないし、つねに視聴者が見てくれているとは限らないと思って作っています。それが番組にどのように影響するか、例えば、一度出したネームテロップをCMが明けたらもう一度出したり、中盤以降でもう一度登場人物についてナレーションで説明したりと、常に見やすさ、分かりやすさを求めています。でも、本当は見やすさや分かりやすさじゃなくて、見せたいこと、届けたいことを詰め込んでいきたいものなのです、だから常にせめぎあいをしています。さて、そんなテレビ番組が劇場で上映するとどうなったか。

とてつもないパワーを放っていました。単純に大画面で大音量だからというわけではないです。常に見続ける劇場の視聴者にとって、全く新しいテレビ体験がそこにはありました。テレビでみるよりもはるかにパワーをもった状態で番組が上映されたのです。これは、企画段階からは全く意識していないことでした。そして、これは全ての番組に言えることでした。また、昔の作品になればなるほど、現代との表現の違いが感じられて、そのあたりもテレビマンとして興味深いものでした。

示し合わせたわけじゃないのに、つながっていた

そして、もう一つ不思議なことがありました。時代も違えば、局も違う、まったくバラバラの番組同士が、なぜかつながって見えるのです。ある作品は別の作品の続編に見えたり、またある作品は違う局のエピソードゼロに思えたりと、ありえないことなんですが、この日のために、この順番で上映されるために、みんなで示し合わせて作りましたと言っても過言じゃないくらい、それぞれの番組同士がつながっているように感じて、非常に不思議な感覚でした。これは思い返してみても謎が深まるばかりなのですが、ひとつ言えることは、やはり沖縄という島が背負った歴史そのものが沖縄のテレビマンたちに無意識の内にそうさせているのだと思います。沖縄のテレビマンにとって6月23日の「慰霊の日」はそれほどまでにとてもかけがえのない時間なのだと振り返って感じています。6月23日には、テレビ局全てが同じ出来事をニュースで扱い、多くのテレビマンたちが糸満市の摩文仁の丘に集まります。その共通体験が同じ文化意識を育んでいるのかもしれません。改めて、戦後80年の節目に各局の大切なアーカイブ番組をもう一度県民の方々に届けることができて良かったと感じています。

全国のテレビマンのみなさまへ

本イベントの最後に、多くの来場者から「これからも続けてほしい」という声をいただきました。企画した私自身も、各社の先輩たちが作ってきた番組の歴史の延長線上にいるのだという実感が湧くとともに、それが心強いという気持ちと生半可なものをつくるんじゃないぞというプレッシャーを感じています。
今回の企画を通して、沖縄三局の力ある番組が勢ぞろいし、それらを全て観ることができました。沖縄県民はもちろん、全国の方々や特に若いテレビマンなど、もっとたくさんの方々に見ていただきたい番組ばかりでしたし、私は、この記事を書いててすごいことに気づいてしまいました。

「全国各地のテレビ局のライブラリーにも名作番組が眠っているのでは…」

全国のテレビ局のライブラリーには、一度だけ放送されて眠ったままのものすごい番組がもっとたくさんあることが間違いないです。これは確信しています。
最後に、全国のテレビマンのみなさま、アーカイブに眠っているあの番組をもう一度、視聴者のもとへ届けてみませんか。沖縄からも発信を続けられるよう精進します。

町龍太郎(まちりゅうたろう)
琉球朝日放送コンテンツビジネス部
1991年生まれ。鹿児島県与論島出身。2013年琉球朝日放送入社。
営業部、東京支社、報道制作部をへて、24年から現・コンテンツビジネス部。
企画・脚本を担当した4夜連続ドラマ『パナウル王国物語』(20)で民放連賞ドラマ部門優秀賞。『復帰50の物語』(22)ギャラクシー賞選奨など多数受賞。現在、プロデュースした最新作ドラマ『首里で冷まして~琉球菓子恋物語~』(26)がQAB公式YouTubeチャンネルで公開中(2026年3月31日まで)。

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