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番宣だと思っていたら、泣きそうになった──『笑ったり転んだり』誕生秘話
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【第29回】 『ハンバート ハンバートと「笑ったり転んだり」を語ったり♪』(NHK大阪・2026年2月23日18時05分~)

早いもので、朝ドラ『ばけばけ』も残り1カ月となった。ヘブンさんはいつ『怪談』を書き始めるのか、とやきもきしながら見ている。そんななか23日祝日に、『ばけばけ』の主題歌、ハンバート ハンバートが歌う『笑ったり転んだり』をフィーチャーした特番が放送された。
出演は、ハンバート ハンバートの2人に加え、蛇と蛙としてナレーションを担当している阿佐ヶ谷姉妹、松江新報の記者を演じる岩崎う大(かもめんたる)、そして、NHK大阪の高瀬耕造アナ。VTRでおトキ役の髙石あかりとヘブン役のトミー・バストウも登場した。
なにかと番宣の多いNHKのこと。終盤に向かうこの時期に放送するということは、これもその一環だろうと訝しく思いつつ見始めたのだが、それだけではなく、主題歌『笑ったり転んだり』の誕生秘話が制作スタッフから明かされ、それを歌うハンバート ハンバートの歩みや創作姿勢も掘り下げられるなど、充実した構成だった。
ハンバート ハンバートは1998年結成の佐野遊穂・佐藤良成による音楽デュオで、主に佐藤が作詞・作曲を担う。プライベートでは3人の子供を持つ夫婦だ。
そういえば、昔は、ヒデとロザンナとかチェリッシュとか紙ふうせんとかダ・カーポとか何組も夫婦デュオがいたような気がするが、昨今とんと見なくなった。『ひとつ屋根の下2』の主題歌『陽だまりの詩』を歌っていたLe Couple(ル・クプル)も、いつの間にか離婚しているし……。久々に登場した夫婦デュオ(といっても、ご本人たちは結成から27年も活動しているわけだが)といったところも含めて、彼らの佇まいにはどこか懐かしさが漂う。しかも歌うのが日常の中にある“等身大の幸せ”ということで、夫婦二人三脚で歩んだ小泉八雲夫婦を描く朝ドラにぴったりだ。
番組の一番の肝は、制作陣が語る楽曲誕生の経緯。チーフ演出の村橋直樹氏が、小泉セツの『思い出の記』と、ハンバート ハンバートの楽曲『同じ話』の距離感がすごくマッチしていると思ったことをきっかけにオファーしたという。その依頼の方法がユニークで、ハンバート ハンバートの公式ホームページの問い合わせのところから依頼文を送ったというのだから、なんともいまどきで面白い。打ち合わせでは、細かい注文は一切なく、『思い出の記』を読んで1曲作って欲しい、とだけ。一緒に松江取材に行き、4か月後に送られてきたデモテープを聴いて、村橋氏は泣いたという。
朝ドラの主題歌ともなれば、細部にまで注文が入り、幾度も書き直しを重ねて完成させるものだと勝手に思い込んでいたが、実際はそうではなく、ほぼお任せだったということに驚いた。もっとも、その自由と信頼がなければ、『笑ったり転んだり』はまったく違う色合いの楽曲になっていたかもしれない。互いへの信頼が結実した瞬間だった。ここにものづくりの本質を垣間見た気がする。
さらに、この歌がなければ、おトキとヘブンが結ばれるシーンは生まれなかった、というのも“いい話”だった。散歩を通して2人の思いが通じ合う、あの名シーンは「散歩しましょうか」の歌詞に影響を受け、作られたものだったという。
本来、脚本家や制作者が放送中にあれこれ語るのは懐疑的だ。というのも、そういう御託はいいから、すべてドラマの中で表現してください、と思うから。だが、これほど誠実に創作の過程を聞かされると、作品への愛着がいっそう深まるのもまた事実だ。
番組では、『笑ったり転んだり』が、朝ドラ主題歌の枠を超えて、今を生きる私たちの心に響いています、と、視聴者からの投稿を紹介。なんとこの歌を聴くと、赤ちゃんが泣きやむというのもあった。実際にその映像もあったが、たしかに泣いていた赤ちゃんが、テレビから主題歌が流れてくるとピタッと泣きやむ。音響心理学の専門家によると、赤ちゃんが泣きやむ条件が揃っており、「令和最強の泣きやみソング」とのこと。子育てママパパには朗報!? かもしれない。
ハンバート ハンバートの『笑ったり転んだり』は、ドラマを彩る主題歌であると同時に、私たち自身の物語をそっと支える人生の応援歌になりつつあるようだ。
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プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。
“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。
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