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中園ミホが語った「失敗できる特権」──AI時代のドラマ論【長谷川朋子】

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #8

「脚本家プレゼンテーション&ディスカッション」にてモデレーターを務めた筆者(左端)と登壇した脚本家たち 第17回アジアテレビドラマカンファレンス @ATDC

「人間は失敗できる。それが最後に残る特権になるかもしれない。」脚本家の中園ミホが、2月、松山で開かれた「第17回アジアテレビドラマカンファレンス」の壇上で、そう語った。筆者はモデレーターとして、その場に立ち会った。アジア各国の脚本家や制作者が集い、「アジアから世界へ」を掲げた国際会議の議論はやがて、AIと創作、そして“失敗”という言葉へと向かっていった。

中園ミホは連続テレビ小説『あんぱん』の脚本を手がけるにあたり、劇中にも通じるある個人的な記憶から語り始めた。

脚本家・中園ミホ @ATDC

「やなせたかしさんとは、私が子どもの頃、実際に文通をしていたんです。だから余計に、もし、恐ろしさがあるいまの世の中をやなせさんが見たら、何ておっしゃるだろうって、よく考えるんです」

『あんぱん』は、絵本『アンパンマン』の作者・やなせたかしをモデルに、その妻の視点から人生を描いたドラマである。中園はやなせたかし作品に流れる思いを改めて見つめ直したという。それは、強い反戦への意志だ。

「やなせさんの気持ちを、いま描かなければいけないんじゃないかと思った」と振り返る。ラブストーリーやコメディタッチの作品が多い中園だが、反戦のメッセージが『あんぱん』という物語を紡ぐ原動力になった。

さらに中園は、ドラマ制作を取り巻く環境の変化にも触れた。世の中が分断へ向かっていること、そしてAIが創作の現場に入り込んできていることだ。「分断のほうが心配。でもAIは少し楽しみでもあります」と続けた。

とはいえ、AIの進化によって物語がパターン化されていく可能性もある。だからこそ、中園は脚本家それぞれの個性やローカルに根付いた感情をいっそう大切にすべきだと考える。

「脚本家の数だけ、ドラマがあっていいと思うんです」。

それは、AIの時代に急に生まれた言葉ではない。中園が長く大切にしてきた創作の姿勢でもある。

AIは助走か、問いか——韓国とタイ脚本家の視点

中園と並び、韓国とタイの脚本家が登壇したパネルディスカッションで、ドラマ『復讐代行人~模範タクシー~』などで知られる韓国の呉相昊(オ・サンホ)もAIについて興味深い指摘をした。自ら創作の過程でAIを試した経験に基づくものだ。

韓国の脚本家・呉相昊(オ・サンホ) @ATDC

「作業の途中で、データを与えて状況を説明し、AIに一度やらせてみました。“もっと面白くして”“ここをもっと怖くして”と何度も指示を出しました。でも、面白くも怖くもならなかったのです」

AIは「面白い場面です」「とても怖い場面です」と説明するだけだった、というのがオの実感だ。

「自分で実際に書いたほうがもっと面白かったし、もっと怖くなる」とも率直に語る。それでもAIを使う理由があるという。

「AIに助けられたのは空間の描写です。自分が行けない場所。たとえば東京駅から東京タワーまで歩いたら何が見えるのか。ラオスのビエンチャンの裏路地に70代の老人が座っていたら何が起きるのか。AIは、まるで自分の代わりに旅をしてきたように、想像以上にその風景を細かく知ることができました」

AIは決定打を生む存在ではない。だが、脚本家が決定的な一撃を放つための助走にはなる。だからこそ、こう言い切る。

「AIはアシスト役として面白くはしてくれる。でも、その面白さを育て、ゴールを決めるのは人間です」

つまり、物語を突き抜けさせる一撃は、まだ人の手に残っているということ。その感触が、会場に確かに共有された。

Netflixシリーズ『サトゥ(ザ・ビリーバーズ)』を代表作に持つタイの脚本家・オマラポン・ファンディントンもまた、AIとの向き合い方を語った。創作の補助として、実際にAIを使っているという。

タイの脚本家・オマラポン・ファンディントン @ATDC

「最近、プレゼンの場面でAIを使いました。アイデアを出してもらったり、原稿を読ませたりしました。情報を整理する用途としては機能します」

具体例を挙げながら続ける。

「“この街で人々が好きな場所はどこか”といった質問をすれば、ある程度の情報を提示してくれる。この数年でAIはかなり進歩しました。もし5年前に同じ質問をしたら、“まだ難しい”と答えていたと思います。今はずっと良くなっています」

そのうえで、繰り返したのは脚本家という存在の意味だった。

「AIは選択肢を与えてくれます。でも、決断をするのは人間であることに変わりはありません。AIは簡単に答えをくれるけれど、問いを生み出すのは人間です。良い問いがあってこそ、素晴らしい物語が生まれるものだと私は信じています」

情報を扱うことと、新しい物語を生み出すことは違う。観客が求めているのは、「人間が生み出す新しい物語」と語ったファンディントンの言葉に、会場の空気がわずかに動いた。

AIドラマが面白いかどうかは、別の話

中園、オ、ファンディントンの三者の発言は、どこかで響き合っていた。AIは高度化し、情報整理の能力を急速に高めている。企画書は洗練され、プレゼン資料は整い、物語の骨格が破綻なく組み立てられる。中園は最近、各社から上がってくる企画が似ていると感じることがあるという。パターン化は、すでに静かに進み始めている。

さらに未来を想像すれば、「こういうドラマが見たい」と言えば、AI俳優が演じ、音楽がつき、編集まで済んだ1時間ドラマが数秒で立ち上がる時代も現実味を帯びてきた。そこで中園は、あえて言い切った。「それが面白いかどうかは、別の話です」。

では、その世界で何が失われるのか。中園の作品を振り返れば、答えは見えてくる。『やまとなでしこ』では、誰もが心の中で思いながら口にできなかった本音をヒロインに言わせた。『ハケンの品格』では、弱い立場に置かれた女性たちの声を痛快なエンターテインメントへと変換した。中園は徹底した取材を重ね、合コンにも参加し、派遣社員たちと何度も酒を酌み交わしながら聞き出した本音を物語にした。分断が進む時代に反戦を描いた『あんぱん』も、同じ延長線上にある。そこには揺れや矛盾、ときに弱い人間の姿がある。失われかねないのは、“整わなさ”なのかもしれない。中園は語る。

「AI俳優はスキャンダルを起こさない。失敗しません。でも、人間というものは失敗してしまうもの。愚かなことをしてしまうのが人間らしさであって、そこから学ぶものがあるんです。『ドクターX』で“私、失敗しないの”という台詞を書きましたが、この先はむしろ人間の失敗にこだわっていきたい。AIが広がるほど、失敗できること自体が、創作者の特権になっていくのではないかと思うのです」

パターン化が進む時代でも、本音と弱者の声を書き続けてきた脚本家が見つめるのは、「整わない人間」だ。AIは正解を出す。脚本家は、失敗を手放さない。

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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


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