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寄稿

「海を越える物語」の行方――第17回アジアテレビドラマカンファレンスin松山に参加して

放送評論家 鈴木嘉一

第17回アジアテレビドラマカンファレンスの会場となった愛媛県県民文化会館

アジアのテレビドラマ関係者が一堂に会する「アジアテレビドラマカンファレンス」が、2月12日から14日まで愛媛県松山市で開催された。17回目の今回は、石川県七尾市での開催以来約2年ぶりとなった。日本からは全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)に加盟する制作会社のプロデューサー、日本放送作家協会や日本脚本家連盟に属する脚本家らが参加した。海外勢は韓国、台湾、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの7か国・地域から集まり、合計で250人以上となった。ちょうど20年前の第1回から断続的に取材してきた立場を踏まえ、「アジアから世界へ~コラボレーション・共同制作による実現~」という今回のテーマに沿って、この国際会議の報告をしたい。

キーワードは「コラボレーション」

会場となった愛媛県県民文化会館のあちこちに貼られたカンファレンスのポスターは、名だたる道後温泉のシンボルである白鷺の赤ちゃんが伝統工芸品の「伊予水引」をくわえているデザインだった。水引は「人と人の縁を結ぶ」とされる。脚本家・劇作家の羽原大介さんが代表を務める一般社団法人「ATDC」(アジアテレビドラマカンファレンスの略)とともに主催する松山市は、縁結びの役割を担うという意味が込められていた。

正岡子規をはじめ多くの俳人が輩出した松山市では、俳句が市民生活に浸透しており、全国の高校生たちが競う「俳句甲子園」はよく知られている。愛媛県では毎年、高校生たちによるもう一つの全国大会が開かれる。第1回俳句甲子園の10年後に当たる2008年、「日本一の紙のまち」をキャッチフレーズとする四国中央市で始まった「書道パフォーマンス甲子園」だ。2月12日夕に行われたカンファレンスの開会式の冒頭、県立松山北高の書道部員たちが大きな紙に筆を振るうパフォーマンスを披露した。掲げられた紙には、「縁」という文字が大書され、「物語は海を越える」などとも書かれていた。愛媛の郷土文化や風土性とともに、「コラボレーション」という今回のキーワードを印象づける演出には感心させられた。

開会式で県立松山北高の書道部員が繰り広げた書道パフォーマンスの作品

牽引役となった日韓の2人の理事長

NHK大河ドラマ『篤姫』『江~姫たちの戦国~』などを手がけた脚本家の田渕久美子さんが基調講演で、日本放送作家協会理事長を務めた名脚本家の市川森一さんの軌跡に触れたように、このカンファレンスは日本と韓国の2人が牽引してきた。市川理事長と、会議を主催するアジア文化産業交流財団(後に韓国文化産業交流財団)のシン・ヒョンテク理事長だ。シンさんは、韓国の大手制作会社「三和ネットワークス」を率いていた。

基調講演で市川森一さんの思い出を語る脚本家の田渕久美子さん

第1回は「東アジアドラマ作家会議」として2006年、韓国の釜山で開催された。日韓と中国などの脚本家ら約60人が集い、「アジアのテレビドラマの文化的類似性」をテーマに議論した。市川、シン両理事長は「アジアには多様な歴史や文化がある。日韓中が結束してアジアに市場を広げ、やがてはアジア発のドラマを世界に発信したい」という思いを共有し、「アジア・イズ・ワン」というスローガンを掲げた。各国のプロデューサーも参加するようになり、「アジアドラマカンファレンス」に改称された第6回の2011年、功労者の2人は相次いでこの世を去った。

カンファレンスを牽引してきたシン・ヒョンテクさん(右)と市川森一さん(2008年、長崎県佐世保市で開催された第3回東アジア放送作家カンファレンスで)

韓国政府は「ドラマ作りで日本に追いつき、追い越せ」とこの国際会議を支援してきたが、2018年に韓国・大邱(テグ)で開催された第13回を最後にして支援を打ち切った。その翌年、韓国・仁川で開かれた第14回は、Netflixが初めて後援して何とか開催にこぎ着け、国際的に急成長していた動画配信サービスの勢いを見せつけた。

コロナ禍による中断期間を経て、日本のATDCの主催で再開されたのは2023年だった。2月と12月に石川県七尾市で2回開催された後、地元は能登半島地震に見舞われた。日本側の主催は今回で3回目となった。

国際共同制作につながった出会い

釜山での第1回から取材してきた私には、隔世の感もある。日韓中の脚本家らが文化論を戦わせた初期に比べると、プロデューサーたちのピッチング(企画提案)セッションやBtoB(商談)の場、ロケ支援の窓口が定着したように、ビジネス色はかなり濃くなった。実際、ここでの出会いが国際共同制作につながったケースが報告された。

テレビマンユニオンの杉田浩光・副社長は2023年12月の前回、シンガポールのスタッフと知り合い、「一緒にドラマを作ろう」と意気投合した。シンガポール側は、日本で年間10万人近くが失踪している現実に強い関心を示し、「ジョーハツ(蒸発)」をテーマにすることで一致した。シンガポールの若い男が行方不明の日本人女性を探すため、来日するというサスペンスドラマで、闇バイトの地下組織も登場する脚本ができた。昨秋、日本で撮影を開始し、シンガポールでもロケをした。この『ロスト・エンド・ファウンド~君を探して~』は、日本から山田杏奈らが出演し、全6話が3月18日と25日、NHK・BSP4Kで先行放送される。

杉田副社長は「韓国の制作会社と恋愛リアリティーショーの話も進めていたが、こちらは残念ながら成立しなかった。このカンファレンスでの面談から始まり、粘り強く、深くコミュニケーションを重ねれば、企画が実現するという喜びを得られた。皆さんもいい出会いをして下さい」とメッセージを送り、会場から拍手を浴びた。

田渕久美子さんも基調講演で、NHKと台湾の公共放送PTSの共同制作による波瑠主演の『路(ルウ)~台湾エクスプレス~』(2020年放送)に言及した。台湾新幹線プロジェクトをめぐる日台の技術者たちの交流を描く吉田修一さんの小説を脚色する過程を振り返り、異文化の間に生じる苦労とともに相互理解に至る経験を語った。

動画配信サービスの下請けとなる懸念も

ドラマの国際展開を推進するうえで、グローバルな動画配信サービスの広がりは今や抜きにできないようだ。テレビ東京とNetflixが共同制作した『キンパとおにぎり』は、1月の放送開始と同時に配信されている。キンパとは韓国風のり巻きのこと。「恋するふたりは似ていてちがう」という副題のとおり、赤楚衛二が演じる主人公が韓国から来た留学生と知り合い、文化や価値観の違いに戸惑いながら引かれ合うラブストーリーだ。ヒロインにふんするカン・ヘウォンは、日韓合同の女性アイドルグループ「IZ*ONE(アイズワン)」の元メンバー。主題歌は、昨年末の『NHK紅白歌合戦』に出場した韓日中の4人組ガールズグループ「aespa(エスパ)」が歌っている。

登壇したテレビ東京の中島叶プロデューサーが会場に「このドラマを見ている人は?」と問いかけると、若い世代が目立つ韓国勢から次々に手が挙がった。「企画段階から動画配信を見越してストーリーと配役を練り、音楽面でも日韓のコラボレーションを印象づけた。フィリピンや台湾では、Netflixのトップ10に入っている」と説明し、「放送との同時配信は珍しい。地上波テレビと配信プラットホームが連携するモデルケースになった」と自負する。

海外からの参加者では、韓国勢が最も多かった

一方では、こうした国際的潮流に対する懸念の声も聞こえてきた。韓国放送作家協会のチョン・ジェホン理事長は開会式のスピーチで、「テレビドラマの市場は地上波放送を中心とした時代から、動画配信プラットホームを軸とする方向へと急速に変化している。それに伴い、配信プラットホームによる著作権の一括買い取り、制作費の高騰など制作環境は厳しさを増している。このままではアジアの制作会社は配信プラットホームの下請けに甘んじる恐れがある」と注意を促した。

総務省が「実写コンテンツ」強化に乗り出す

今回のカンファレンスには、日本経済団体連合会(経団連)が初めて「後援」についた。この背景には、政府が5兆円を超える年間輸出額のコンテンツ関連業界を「基幹産業」として位置づけ、2033年には20兆円に成長させる方針を打ち出したことがある。5兆円以上の海外市場規模は半導体の輸出額に匹敵し、20兆円という目標は日本の自動車産業の海外市場規模を上回る。ただし、日本初のコンテンツのうち97%はアニメや漫画、ゲームソフトなどで占められ、ドラマやバラエティー番組などの「実写コンテンツ」は立ち遅れている。このため、総務省は1月末、「実写コンテンツ展開力強化官民協議会」を設置し、「放送・配信の実写コンテンツの製作力強化と海外展開を推進するアクションプラン」作りをスタートさせた。「人材育成・製作力強化」など三つのワーキンググループを設け、4月までに策定する予定。

ATDC議長でATP理事の沼田通嗣さん(制作会社「テレパック」取締役)はこのワーキンググループに加わっている立場から、政府の取り組みを紹介し、「韓国の成功例を皆さんと共有しながら、アジア全体の競争力を強化しよう」と会場に呼びかけた。

ATDCの沼田通嗣議長(左)と語り合うテレビマンユニオンの杉田浩光・副社長

大衆文化に国境はない

最後に触れざるをえないのは、第1回からずっと参加してきた中国勢が残念ながら参加を見送ったことだ。主催者側は公の場でその理由に触れなかったが、高市首相が昨年11月、「台湾有事は日本にとって『存立危機事態』になり得るケース」と国会で答弁したのに対し、中国が猛反発した事情と無関係ではないだろう。

振り返れば、第1回会議が釜山で開催された20年前も、日本は小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題や歴史認識問題をきっかけにして、韓国や中国と政治的にギクシャクしていた。日本側の参加者はこうした政治的テーマに身構えていたが、韓国・中国側では政治的な問題には意識的に触れまいとする空気が漂っていた。

主催団体のシン理事長にインタビューすると、「政治と文化」の関係についてこう発言したのが忘れられない。「大衆文化と政治は関係ない。政治と文化を結びつける国は、世界の潮流から取り残されるだろう。むしろ一般の人々の共感を呼ぶ大衆文化の交流が盛んになれば、やっかいな政治問題を解決に導く糸口になるかもしれない」と明快に語った。そして、「日本人にとって韓国は『近くて、遠い国』と言われたが、文化交流をとおして『近くて、近い国』に変わってきた。『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンが好きなことは政治と無関係だし、韓国人にも浜崎あゆみのファンは多い。大衆文化に国境はありませんよ」と日本語で付け加えた。

それから20年たった今、シン・ヒョンテクさんの卓見に耳を傾けたい。

2006年、韓国・釜山で開催された第1回「東アジアドラマ作家会議」に参加した日韓中と台湾の脚本家たち

プロフィール

鈴木嘉一(すずき よしかず)
放送評論家
元読売新聞編集委員。「放送人の会」の理事・大山勝美賞選考委員長。日本映画放送の番組審議会委員長。元放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員長代行。著書に『テレビは男子一生の仕事 ドキュメンタリスト牛山純一』(平凡社)、『大河ドラマの50年』(中央公論新社)、『脚本家 市川森一の世界』(長崎文献社、共著)、『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』『わが街再生』(いずれも平凡社新書)など。

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