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中国オーディション20年史――素人の熱狂はなぜ「スターの再起」に変わったのか【王思雨】

アイドル・オーディション番組が映す現代社会(連載第4回)

中国オーディション20年史――素人の熱狂はなぜ「スターの再起」に変わったのか【王思雨】

中国で最初に国民的ブームを生んだオーディションは、素人が主役の『超級女声』だった。それから20年、練習生の成長物語を経て、いまやスター自身が再挑戦する番組が人気を集めている。なぜ中国人はこれほど「人を選ぶ番組」に熱狂してきたのか。その歴史をたどると、現代中国の価値観と不安が浮かび上がる。

日本や韓国と同じアジアでも、中国のオーディション事情についてはまだあまり知られていないのではないだろうか。

実は中国でもオーディション番組の人気は高い。中国のオーディション番組は、この20年近くにわたり、単なるエンターテインメントの枠を超え、若者文化と社会の価値観を映し出す鏡であり続けてきた。

ここでは、中国のオーディション番組がどのように進化してきたのかを、「素人」「練習生」「スター」という三つの段階と、それを取り巻く「規制」の歴史から振り返ってみたい。

「普通の人」が主役だった時代――テレビの民主化と熱狂

中国におけるオーディション番組の歴史を語る上で、最大の転換点となったのは2005年に湖南テレビで放送された『超級女声(Super Girl)』である。

それ以前、2000年代初頭の中国において「コンテスト番組」といえば、国営放送CCTVの「全国青年歌手テレビ大賞賽」のように、録画放送かつ専門家が厳格に審査を行う形式が主流だった。視聴者はあくまで「結果を見守る観客」に過ぎなかったのである。

その常識を覆したのが『超級女声』だった。画期的だったのは、視聴者が携帯電話のSMS(ショートメッセージ)投票によって、審査結果に直接介入できるシステムを導入した点にある。「自分の1票が少女たちの運命を決める」――この参加型の仕組みは、当時の中国視聴者に強烈な「選ぶ権利」の感覚と興奮をもたらし、一種の「テレビの民主化」とも呼ばれる社会現象を巻き起こした。

出演者は全国各地から集まった「普通」の若い女性たちであり、決して洗練されたプロではない。だからこそ、視聴者は彼女たちを「自分に近い存在」として投影し、熱狂的に応援した。親の携帯電話まで借りて投票したり、友人や親戚に投票を頼み込んだりするという、現在につながる「推し活」の原型がこの時に誕生している。

この番組の象徴となったのが、2005年の優勝者、李宇春である。彼女は当時主流だった「可愛らしく従順な女性アイドル像」とは真逆の、短髪で中性的なルックスと、媚びないスタイルを持っていた。にもかかわらず、彼女は圧倒的な支持を集め、決勝戦では約352万票もの得票数を記録した(上位3名の総得票数は約900万票に達したとされる)。

李宇春2005年オーディション当時写真

李宇春の優勝は、「女性らしさ」に対する固定観念を揺さぶり、多様な個性が受け入れられる社会への変化を予感させる出来事だった。多くの女性ファンは、彼女の姿に新しい生き方や価値観を見出していたのである 。

一方で、この過熱ぶりは社会的な論争も引き起こした。「若者が勉強をおろそかにする」「投票のために金銭を浪費する」といった批判が噴出し、保守的な層からは「低俗である」との指摘もなされた。オーディション番組は、誕生と同時に社会の称賛と批判の両方を浴びる「台風の目」となっていたのである。

「努力する練習生」を応援する時代―システム化されたアイドル産業

2010年代後半に入ると、中国のオーディション番組は新たな段階へと進化する。

背景には、韓国のK-POP文化と「練習生システム」の導入、そしてメディア環境の大きな転換があった。この時期、中国では愛奇芸(iQIYI)やテンセントビデオなどの動画配信プラットフォームが急成長し、若年層を中心に有料会員数が拡大していた。番組制作の主導権はテレビ局から配信プラットフォーム企業へと移りつつあった。

2018年に始まった『偶像練習生』や『創造101』は、韓国の番組フォーマットを参考にしつつ、芸能事務所による練習生育成制度やグループデビュー型競争構造を取り入れた。

参加者は「素人」ではなく、芸能事務所ですでに専門的な訓練を受けた「練習生」たちである。彼らは歌やダンスの基礎を持ち合わせているが、番組ではそこからの「成長」と「グループとしての調和」が重視された。かつての『超級女声』が個人の強烈な個性を競う「個人戦」だったとすれば、この時代は、集団の中での役割や仲間との絆を描く「チーム戦」の様相を呈していた。

視聴者は「国民プロデューサー」として、誰をデビューさせるかの決定権を委ねられた。ここで爆発的に拡大したのが「応援経済(ファン・エコノミー)」である。スポンサー商品の購入やアプリ課金によって追加投票権が得られる仕組みが導入され、ファンは資金を組織的に集めて順位を押し上げた。

地下鉄広告やビルの大型スクリーン広告などの応援文化は、もともと中国人ファンがK-POPアイドルのために行っていた活動の影響を受けている。韓国由来の「誕生日(センイル)広告」という形式もその一例であり、やがてその方式は中国本土の練習生にも応用された。

2018年の番組開始以降、応援活動は急速に拡大し、2021年前後にはその規模と競争は最高潮に達したといえる。ドローンによる夜空演出や機内ラッピングといった新たな形式も見られた。こうしたラッピング機はファンの間で「痛機(トンジー)」と呼ばれ、日本アニメ文化の「痛車(いたしゃ)」から転用された語法と考えられる。応援文化は、韓国・中国・日本のポップカルチャーが交差する中で変容を続けている。

しかし、この構造は歪みも生んだ。2021年、『青春有你3』においてスポンサー乳製品を大量購入し投票券のみを取り出して廃棄する映像が拡散し、大きな社会的批判を呼んだ。この出来事は応援経済の過熱を象徴する事件となり、同年以降の規制強化の契機の一つとなっただろう。

「完成されたスター」を再評価する時代――30代以上の再挑戦

若者向けのアイドル番組が規制の壁に直面する一方で、新たな鉱脈として人気を博したのが、すでにキャリアを持つ芸能人が参加する番組である。

その先駆けは2013年から放送された『我是歌手(I Am a Singer)』であった。すでに名声のある実力派歌手たちが、プライドを懸けて歌唱力を競い合うこの番組は、プロの凄みを見せつけるコンテンツとして定着した。

そして、この流れを決定づけたのが2020年に登場した『乗風破浪的姐姐(Sisters Who Make Waves)』である。この番組の参加者は、30歳以上の女性芸能人たち。すでに女優や歌手として成功している彼女たちが、あえて「練習生」のようにダンスや歌の特訓を受け、グループパフォーマンスに挑む姿を描いた。

乗風破浪的姐姐(Sisters Who Make Waves)

この番組が画期的だったのは、エンタメ業界に根強く残る「若さ至上主義」に対するアンチテーゼを提示した点にある。「30代を過ぎても、女性は輝ける」「年齢は単なる数字に過ぎない」――汗を流して再挑戦する彼女たちの姿は、仕事や家庭で重圧を感じている同世代の女性視聴者から絶大な共感を集めた 。

ここでは、評価の軸が「未完成な若者の成長」から、「人生経験に裏打ちされた実力と人間性」へとシフトしている。視聴者は、華やかなステージだけでなく、キャリアある大人たちが互いに協力し、時には葛藤しながら壁を乗り越えていく「回復力(レジリエンス)」の物語に心を動かされているのである。

かつて審査される側だった若者がスターになり、今度はそのスターたちが再び審査される側に回る。中国のオーディション番組は、アイドルの発掘という機能から、芸能人の「再評価・再発見」の場へと役割を変えつつある。

規制とメディアの変化の中で――「誰もが発信者」の時代へ

中国のオーディション番組の歴史は、常に「規制」とのいたちごっこでもあった。

2005年の『超級女声』ブーム直後の2007年には「低俗化防止」の通達が出され、2011年にはゴールデンタイムでの放送禁止、2018年には未成年者の保護と厳格な管理、そして2021年には「アイドル育成番組の全面禁止」と、政府は段階的に規制を強化してきた 。その目的は、過剰な商業主義の抑制、未成年者への悪影響の排除、そして「健全な価値観」の維持にある。

しかし、テレビや大手配信プラットフォームでの「大規模オーディション」が制限されても、人々の「表現したい」「誰かを見出したい」という欲求が消えたわけではない。現在、その舞台はTikTok(抖音)をはじめとするショート動画プラットフォームやSNSへと完全に移行している。

そこでは、テレビ局というフィルターを通さず、誰もが自らのパフォーマンスを世界に発信できる。年齢も、性別も、プロ・アマの垣根もない。かつてテレビ番組が独占していた「スター誕生」のプロセスは、今やインターネット空間全体へと分散・再編されつつある。たとえば、抖音やBilibiliでは、無名の一般人が投稿したダンス動画や歌唱動画が短期間で数百万回再生され、芸能事務所や広告企業の目に留まるケースも珍しくない。また、歌やダンスといったパフォーマンスに限らず、編集技術や語りの巧みさ、専門知識を武器にした投稿者が支持を集め、ファンとの継続的な関係性を築いている。ここでは「完成度」だけでなく、個人の姿勢や価値観、語りの一貫性も評価の対象となっている。

また、「アイドル」という言葉の定義自体も変化している。歌やダンスの実力だけでなく、人格や社会へのポジティブな影響も重視される「優質偶像(ヨウジーオウシャン)」という概念が広がりつつある。これは中国語圏特有の表現であり、スポーツ選手や各分野の専門家が「アイドル」として支持される現象にも、その価値観の変化が表れている。

「素人の夢」から始まり、「練習生の汗」を経て、「スターの再起」へ。そして今、誰もが主役になれるネットの海へ。中国のオーディション番組の20年は、人々がその時々に何を求め、何に熱狂してきたかを示す、鮮やかな社会の記録である。

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(第2回)リアリティショーとしてのオーディション番組―『ASAYAN』の遺産―【塚田修一】
(第3回)K-POPサバイバル・オーディションとファン参加型文化【田島悠来】

プロフィール

王思雨(おうしう)

慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程在籍。専門は文化社会学、メディア文化研究。K-POP女性アイドルと中国人女性ファンの関係に注目し、中国のオーディション番組やSNSにおけるアイドル表象、ファン実践、「推し/推し活」の変容を分析している。中国を主なフィールドとした調査やインタビューを通じ、アイドル文化が若年女性の感情や価値観、社会意識とどのように結びついているのかを考察している。


本書は、2020年度に放送文化基金が助成した研究「アイドルオーディション番組の総合的研究」の成果をまとめたもの。
『スター誕生!』『ASAYAN』などの歴史的な番組から海外の事例までを体系的に整理し、「オーディションを通して社会を考える」という新しい切り口で論じた初の“オーディション・スタディーズ”。
アイドル文化やメディア研究に関心のある方におすすめの一冊です。

  • 編著者:太田省一 / 塚田修一 / 辻泉
  • 発行所:青弓社
  • 発行日:2025年9月2日

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