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老いと演劇が出会う場所――『老いて、輝く ~99歳の看板俳優~』

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【第23回】テレメンタリーPlus『老いて、輝く ~99歳の看板俳優~』(KSB瀬戸内海放送・2026年1月11日放送)

またひとつ、勇気をもらえるドキュメンタリーと出合った。
テレメンタリーPlus『老いて、輝く ~99歳の看板俳優~』のテーマは紛れもなく“老い”。だが、衰えや喪失だけに目を向けるのではなく、人が生きていく過程で避けようのない変化として、老いを真正面から見つめ、そこに希望を感じさせてくれるものだ。

主人公は、岡山を拠点に活動する劇団OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)の看板俳優・岡田忠雄さん、99歳。通称「おかじい」だ。
演劇を始めたのは88歳の時。「老いと演劇」のワークショップに参加したのがきっかけだった。

同い年の認知症の妻を介護していたが、意思疎通がうまくいかない。当時の日記には「ボケババアが大爆発した。ナベのフタを投げつけられた。パンも玄関へ投げ捨てられた、今日こそ殺してやろうかと身が震ヘた」と書かれている。ヘルパーさんの手を借りながらとはいえ、10年もそんな生活を送っていたら、気も滅入るだろう。カメラは、そんな老々介護の現実をありのままに捉えていた。

そんな時、新聞で「老いと演劇」のワークショップの記事を見つけて参加を決意。そこで、学んだのが、認知症と向き合う演技をするという考え方だった。妻が見ている世界を否定せず、演技で受け入れる。その実践によって、壊れかけていた夫婦の関係を取り戻すことができたという。おかじいは演じることで介護の苦しみから救われた。

そのワークショップを企画したのが、俳優で介護福祉士の菅原直樹さんだった。10代、20代を東京で俳優として過ごした菅原さんは、20代の終わりに介護の世界へと足を踏み入れる。特別養護老人ホームで働き始めたとき、「介護と演劇ってものすごい相性がいいんじゃないか」と気づいたという。
「認知症の人の気持ちを尊重する関わり方は、ぼけを受け入れる演技ではないか」。そうした考えからワークショップが開かれ、劇団OiBokkeShiが立ち上げられた。そこにおかじいも参加し、看板役者となっていった。

妻の部屋に「グッドモーニング!」と明るく少しおどけたように入るおかじい。
「ゆきちゃんは今、なんぼかな?」と話し掛ける。
「私? まだ、20なんぼと思うよ」とにっこり笑う妻。
「ははは。驚いたね。わしゃ忘れたんや、自分の年を」。
そんなおかじいの言葉に、
「年はなんぼでもええと思うよ。年より健康じゃ」
と妻は応える。
「だから、自分の年も気にせんの」と。
むき出しの感情でぶつかっていた妻とは打って変わって、穏やかな表情を浮かべていた。おかじいの演技が妻を変えた。そのことがわかるシーンだった。

OiBokkeShiは「老い」「ぼけ」「死」からのネーミングだろう。どれもなるべくなら関わりたくはないものだ。が、避けては通れないものでもある。年齢を重ねるとともに、できることを奪われていくおかじい。それでも、「命の限り俺はやる。役者に定年はないもの」とあきらめない。「舞台に立ちたい」。そんなおかじいの願いを支えてきた、菅原さんら劇団の仲間たちと介護士の方々。舞台に立ったおかじいは生き生きと輝いていた。99歳だなどと、とても信じられない。

ラスト。おかじいが100歳を迎える5月に次の公演が決まったと菅原さんが報告に来る。タイトルは『認知の巨匠』100歳バージョン。そのタイトルに対して、「今はもう100歳は珍しくないの。そんな演出はしたくない。私が一番、新米で」と少々ご不満の様子。それでも、年明けから始動すると言われ、「もちろんやります。厳しく楽しくやりましょう」と力強く右手を挙げた。

『テレメンタリーPlus』は、『テレメンタリー』の拡大版として、通常放送で取り上げられた作品に、新規取材などを加え、より深く掘り下げる枠だ。この番組も2025年7月に放送された『老いて、輝く』に、KSBが2018年、19年に制作した『演じて看る~91歳 認知症介護を救った演劇~』『続・演じて看る』の内容を重ね、約10年に及ぶ取材を1時間に凝縮している。地元で生きる人たちを、地元の放送局が、時間をかけて見つめ続ける。その積み重ねが、人生の奥行きを映し出す。
ローカル局が作る人物ドキュメンタリーには、数字や話題性では測れない体温がある。取材対象と向き合い、見つめ続けてきた時間が、その体温を温もりとして伝えているのだろう。

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プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

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