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「私はあなたではない」から始まる対話――是枝裕和監督に聞く、他者を描くということ―北海道ドキュメンタリーワークショップ第5回

未来へつなぐ灯 連載第6回

テレビ北海道(TVh) 山谷哲夫

ダイアローグ(対話)が大事だと語る是枝監督

2025年6月8日、テレビ北海道(TVh)が主催する第5回北海道ドキュメンタリーワークショップが開催された。ゲストは、20代後半から数多くのドキュメンタリーを手掛けた是枝裕和監督。第1部から第3部にわたり、NHK・民放各局の若手報道記者・ディレクターたちが登壇し、是枝監督とダイアローグ(対話)を繰り広げた。
議論は、是枝監督がドキュメンタリーと出会った経緯に始まり、ニュースの現場で事実の追求を求められる若手記者の葛藤が率直に語られ、フィクションとノンフィクションにおけるリアリティへと広がっていった。是枝監督が創作の中で重視してきたのが、ダイアローグだ。このワークショップでも、参加した若手制作者から普段の現場での疑問や悩み、表現手法について率直な問いが投げかけられ、是枝監督との間でダイアローグが重ねられた。会場には、放送関係者を中心におよそ120人が集まった。

組織の論理を疑い、「個の視点」を取り戻す

第1部は、是枝監督とドキュメンタリーの出会いについて、2人の若手報道記者が聞くことから始まった。テレビ制作の現場で疲弊し、出社拒否をしていた「後ろ向きなスタート」だったという。「ドキュメンタリーは、自分と世界の接点を見つけるためのツール」という是枝監督の視点は、客観的な事実を追い求める報道記者の姿勢と対照的だが、そこには「自分が世界とどう出会うか」という個人的な動機が不可欠であることが示されていた。

その上で是枝監督は、「テレビ局や制作会社にいると、上司やプロデューサーの価値観が全てになってしまい、必ず間違う」と指摘する。ニュースの取材や放送の現場では「わかりやすさ」や「両論併記」が求められるが、指示に対してただ反発するのではなく、なぜその手法が必要なのかを「理論武装」して説得することが重要だと語った。「新しいことをやろうとするのを、組織は極力嫌がる。通すためには戦略とスキル、そして政治的な立ち回りも必要だ」と、リアリストとしての一面ものぞかせた。

「説明しすぎない勇気」と「インタビューを疑う視点」

第2部には、ドキュメンタリー制作経験のある3人が登壇した。

若手制作者の問いに応じながら語る是枝監督

盲ろうの夫婦を取材したディレクターは、夫婦間の手話の内容が分からず、取材中に割って入るべきか悩んでいたという。これに対し、是枝監督は、「わからなくていい。わからないまま、2人が笑い合っている時間そのものを映せばいい。それが夫婦の共有している時間であり、情報の伝達よりもその空気感の方がリアルだ」と答えた。

さらに是枝監督は、「わからなさに戸惑う私(取材者)」を視聴者にも共有させることで、むしろ夫婦の親密な世界観が伝わるとアドバイスした。また「大変だ」という情報をナレーションで先に説明しすぎると、視聴者は画面から情報を探すのをやめてしまうと指摘。まず映像を見せ、視聴者の中に「どうやって生活しているんだろう?」という好奇心が芽生えてから、情報を出すべきと語った。

また別のディレクターは、「取材相手を自分が伝えたいことの代弁者にしていないか」「相手への遠慮が表現を限定していないか」という、インタビュー現場での葛藤を伝えた。

これに対し、是枝監督は、カメラに向かって喋るインタビューを、「都合の良いことしか喋らないモノローグ」として捉え、ドキュメンタリー制作の中では安易に信頼すべきではないと警鐘を鳴らした。取材者が言わせることを前提に問いかけ、相手がそれに答える形は、情報の受け渡しを限定してしまうという恐れがあるからだという。

むしろ重要なのは、被写体同士が交わす自然なやり取りや動作だと是枝監督は語る。ドキュメンタリーにおいても、被写体が公的に見せている顔ではなく、「人に知られたくない欠点」がふと垣間見えたとき、初めて一人の人間としてのエンジン(生命力)が動き出す。その瞬間が、視聴者にとっての「自分事」になるのだという。

そのうえで是枝監督は、「インタビューよりも雄弁に物語るもの」がどこにあるかを見つけ出し、それを作品の中に盛り込むことこそが、制作者としての技量の見せ所だと述べた。

フィクションが照らすリアリティ

第3部では、映画製作にも興味を持つ若手2人が、ドキュメンタリーから映画=フィクションへと活躍の舞台を移した是枝監督に、フィクションとノンフィクションにおけるリアリティについて話を聞いた。

是枝監督は、映画におけるリアリティは、抽象的・客観的な「眼差し」ではなく、出来事や人間関係を一つひとつ掘り下げる具体的な分析と情報の積み重ねの中から生まれると説いた。社会から切り離された家族を描いた作品『誰も知らない』や、実際の事件をモチーフに、加害者の家族を中心に描いた作品『Distance』を例に、なぜドキュメンタリーではなく映画という手法を選んだのかについても語った。ドキュメンタリーではカメラが踏み込めない「家族の見えない時間」を、フィクションとして描くことで、出来事の背後にある感情や人間関係に迫り、より深い真実に肉薄できるとした。

そのうえで是枝監督は、「悪人を悪人として描けば観客は安全地帯にいられるが、それは他者への想像力を遮断してしまう」と指摘する。加害者の視点に立つことで、「自分たちとは違う意味不明な集団」と切り捨てるのではなく、同じ地平に立って問い直すことが可能になる――そうした点に、フィクションでリアリティを追求する意味があるのだと語った。

第1部から第3部を通して、「私はあなたではない」という言葉が幾度か繰り返された。文字にすると冷たく響くが、そこには是枝監督が大切にしてきた「誠実な距離感」が表れていた。

表現において、客観性というものを安易に信じるのではなく、ダイアローグを重視するからこそ、被写体と「一体化」しない。その姿勢は、制作者という「傷つかない安全地帯」から他者を撮ることの暴力性を自覚し続ける態度でもある。

そのためらいを引き受けるからこそ、映像には節度が宿り、他者(=あなた)へのリスペクトが生まれる。その思いが、今回のワークショップを貫いていた。

地域メディアの使命~SNS時代の「窓」を広げる

是枝監督は、現代のSNS環境を「自分の見たい世界だけを見るための、どんどん小さくなっていく窓」と表現した。そうした時代におけるテレビの最大の価値は、「意図せずして、自分とは違う他者に出会わせてしまう」点にあると指摘する。チャンネルを回した瞬間に、自分とは全く違う境遇の人のドキュメンタリーが飛び込んでくる──そうした「偶然性」は、テレビならではの強みだという。さらに、「即座にわかること」を求めがちなSNSに対し、テレビはあえて「一見わからないこと」を提示し、視聴者に考えさせる時間を与えることができる。そのこと自体が、テレビの可能性だというエールが送られた。

一昨年から続くワークショップの目的は、「若い世代の担い手を育てること」と、「ローカル局にとってドキュメンタリーとは何かを改めて認識すること」である。今回、若手制作者たちが是枝監督と対話を重ねることができたことは、担い手育成という点でも大きな意味があったと感じている。

もう一つの「ローカル局にとってドキュメンタリーとは何か」について、私なりに考えてみたい。ローカル局の存在意義、あるいは価値は、「生命」「財産」「笑顔」を支えることにあるのではないかと思う。

・地域の人たちの生命を守ることに寄与する防災をはじめとした各種情報の発信
・地域の人たちの生活を守ることに寄与する経済をはじめとした各種情報の発信
・日々の生活の糧となる、笑顔がうまれるような娯楽番組
・スポーツ中継をはじめとする時間、空間を共有し、感動できるような番組

ワークショップの取り組みを通じて、ドキュメンタリーはこうした要素を横断しながら伝えることのできる表現であり、ローカル放送局にとって欠かせない要素の一つであるという思いを、改めて強くした。

プロフィール

山谷哲夫(やまやてつお) 
テレビ北海道報道制作局長

1968年生まれ。札幌市出身。1993年TVh入社。報道記者を皮切りに営業・事業・編成・コンテンツセクションを経験。「けいざいナビ」「EXITのアヤシイTV」「きたサバ!」「室蘭満天花火中継」などを立ち上げ。


「北海道ドキュメンタリーワークショップ」は、放送文化基金の助成を受けて2024年9月から各局が持ち回りで計6回開催。多彩なゲスト講師を招き、放送局の垣根を越えて切磋琢磨し交流を深めることを目的とし、局員に限らず制作会社など放送に携わる人なら誰でも参加できる場となりました。
本連載は、その全6回を月に一度のペースでレポートとしてお届けするものです。質疑応答のハイライトやゲスト講師が伝えたかったメッセージ・哲学を掘り下げながら、その熱気をお伝えしています。次回が最終回です。どうぞお楽しみに。

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