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日々の積み重ねが、暮らしになる──『沢村貞子さんと私のお正月』

▶▶▶ 『日日是てれび日和』──気になる番組を読み解く週一コラム 桧山珠美 

【第22回】365日の献立日記スペシャル沢村貞子さんと私のお正月』(Eテレ・2026年1月1日再放送)

年末年始は賑やかな番組が多い。そんな喧噪を少し避けて、ゆったりとしたお正月気分を味わえるものはないかと探しているうちに、この番組に辿り着いた。

『365日の献立日記』。ふだんはわずか5分ながら滋味溢れる番組であり、その魅力が55分の特別編でも存分に発揮されている。

「明けましておめでとうございます。皆さんもう『おせち』は食べましたか? 私は、今年は貞子さんの『おせち』です。一の重、二の重、三の重。いかがでしょう。お屠蘇の代わりに白ワインで。これも貞子さん流。いいですねえ」。そんな声とともに、お重に美しく彩られたおせちがテーブルの上に並べられていく。

そもそも『365日の献立日記』は、今は亡き昭和の大女優・沢村貞子が26年半にわたって書き続けた献立日記をもとにした番組だ。そこに記されているのは献立のみでレシピなどはない。それをフードスタイリストの飯島奈美が料理に仕上げていく。野菜を切るザクッザクッという音、グツグツと鍋が煮立つ音……、それらの生活音が、過剰に演出することなくそのまま流れてきて、耳に心地いい。

映画『かもめ食堂』やドラマ『深夜食堂』『ごちそうさん』『カルテット』など、数々の作品で印象的な料理を手掛けてきた飯島。最近でも『ひらやすみ』で岡山天音演じるヒロトが作る料理の数々が実に美味しそうだった。私などは、揚げたてのとんかつを切る音が耳から離れなくなり、翌日、とんかつ屋に駆け込んだほどだ。

ドラマでは完成した料理しか目にすることができないが、この番組では、飯島の手元を映し、料理が出来上がるまでの過程を丁寧に見せてくれるのがありがたい。それに加えて、特筆すべきは映像の美しさだ。料理が最高に美味しくみえる術を心得ている。

語りを担当するのは鈴木保奈美。鈴木演じる「私」が貞子さんの「献立日記」を参考に季節に合ったレシピを組み立てる。実際に作るのは飯島だが、あくまでも「私」が作る体で。鈴木の透明感のある弾むような声にこちらもワクワクする。語りといってもレシピを事細かに説明するわけではなく、「やってみますか」「美味しそう~」「できた!」とひとりごとのよう。『東京ラブストーリー』世代としては、あの赤名リカが料理しているところを盗み見しているようなそんな楽しさもある。わずか5分ながら味わい深い番組になっている。

さて。『沢村貞子さんと私のお正月』だ。「貞子さんは誰かって?」番組は沢村貞子の説明から入る。「昭和の名脇役で知られる沢村貞子さんが、26年半続けた献立日記。これまでたくさんの献立を、貞子さんにならって作ってきたけれど、今年は思い切って貞子さんの『おせち』に挑戦しました」。こうした導入で、番組を初めて見た人にも端的にコンセプトが伝わる。この日は昭和57年1月1日の献立を再現したものだ。

沢村貞子といえば、俳優一家で、連続テレビ小説『おていちゃん』の主人公のモデルにもなった人物だ。だが、その『おていちゃん』が放送されたのは1978年(昭和53年)のこと。いまや、「貞子」といえばホラー映画の貞子を浮かべる人のほうが多いかもしれない。まさに昭和は遠くになりにけり、だ。

それでも、こういう番組が作られることで、沢村貞子という人に興味を持ち、その丁寧な暮らしぶりを真似たいと思う人もいるかもしれない。永六輔さんの言葉に、「人間は二度死ぬ。まず死んだ時。それから忘れられた時」というものがある。こうした番組を通して、女優・沢村貞子は私たちのなかで生き続けているとしたら、なんと素敵なことだろう。

丁寧な暮らしというとどこか身構えてしまうが、この番組が示すのは決して難しいことではない。自分の手で自分が食べるものを作る。その積み重ねこそが暮らしを形づくっていくのだということを、貞子さんが教えてくれる。

実はこの番組、2022年に放送されたものの再放送だったのだ。が、そのことを一切気にすることなく見ることができたのは、番組が流行や時事とは距離を置いた場所で作られているからだろう。

元来、NHKの番組に再放送が多いことについては懐疑的だが、こういう番組なら何度でも再放送してもらいたい。よい番組は何度見ても色あせないし、多くの人に見てほしいから。

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プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

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