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『国境デスロード トランプの壁突破デスロード』--命の現場で、作り手はどこまで踏み込めるのか
~放送文化基金主催「番組を見る会・語る会」レポート~
放送文化基金が主催する「番組を見る会・語る会」が2025年11月24日に開催されました。今回取り上げた番組は、メキシコ・アメリカの国境を越えようとする人々に密着した『国境デスロード トランプの壁突破デスロード』(ABEMA)。圧倒的な密着取材によって国境の現実を映し出し、第51回放送文化基金賞エンターテインメント部門で配信番組としては初の受賞となりました。
なぜ、テレビでは実現が難しい挑戦が可能となったのか。現場では何が起き、どんな覚悟と判断が積み重ねられていたのか。この番組の企画・総合演出を担当した大前プジョルジョ健太さんを迎え、丹羽美之さん(エンターテインメント部門審査委員長)がその制作の核心に迫りました。

企画の原点は「自分の中の国境」
丹羽
この番組を初めて見たとき、本当に驚きました。「トランプの壁」を越えようとする人たちの姿を見るのは初めてで、「よくここまで撮れたな」と強い衝撃を受けました。その映像がなぜ撮れたのか、どうやって撮ったのか、お聞きします。今日は、大前さんではなく、プジョさんと呼ばせていただきますね。まず、なぜ「国境」という企画を思いついたのでしょうか。
プジョ
実は僕、インドネシアと日本のハーフなんです。母はイスラム教徒、父は仏教徒。クリスマスを祝うかどうか、豚肉を食べるかどうか――子どもの頃から無意識に「境界」を感じて育ちました。そんな見えない線や境界を、家庭の中で当たり前のように感じながら育ってきたことが、「国境」というテーマを自分の中で特別なものにしていたのかもしれません。そのテーマを思いついた頃、TBSテレビを辞めて、無職になったんです。収入がゼロになった。会社員を辞めた瞬間、“自分って本当に何者でもないんだな” と痛感したんです。ディレクターと名乗っていいのかもわからない。カノジョもいないし、どこにも属していない自分にすごい焦燥感があった。じゃあ “本当にどこにも所属していない人って、どこにいるんだろう?” と考えたとき、国境にいる人や移民の方たちが思い浮かびました。……申し訳ないのですが、そういう人たちを見ることで、自分が少し楽になるんじゃないか、という気持ちもあって、そこから国境に目を付けました。
丹羽
なるほど。「国境という場所に人間のドラマがある」という点では、『家、ついて行ってイイですか?』や『YOUは何しに日本へ?』のように、特定の場所に張り付くことで人間模様が見えてくる番組と通じるものがあると感じました。この番組を制作するうえで影響を受けた、あるいは参考にした番組はありますか?
プジョ
『クレイジージャーニー』と『ハイパーハードボイルドグルメリポート』ですね。正直、めちゃくちゃ意識しました。どれだけ独自のことをやっても、どうしてもどこか似てしまう。だからこそ、「どう差別化するか」をひたすら考えました。例えばナレーションは他人に任せず、自分で読む。現場で自分の身体が感じた匂い、音、空気の重さを、そのまま言葉にして伝えることを徹底しました。また、人間ドラマだけでなく、彼らが進む「道」そのものを描く——そこを一番大事にしました。
丹羽
プジョさん、ナレーションうまいですよね。作りすぎてなく、自然体で。
プジョ
実は声優学校に通ったんです。それにしては下手なんですけど。
3日前に決まったメキシコ行き
丹羽
この番組は元々全9回のシリーズですよね。最初の国境はペルーやコロンビア、ボリビアなどの南米、続いてミャンマーやカンボジアなどアジアを取材されて、今回はメキシコとアメリカの国境、“トランプの壁”でした。ここを撮影対象に選んだ理由を教えてください。
プジョ
実は、アフリカを取材する予定でした。アフリカロケ3日前に”移民デー”の情報を得て、急きょメキシコ行きに変更したんです。何も起きない可能性もありましたが、トランプ就任直前だったこともあって、「行けば何かが起きる」という直感を信じました。
丹羽
出発3日前ですか!それは相当ハードですね。
プジョ
本当に大変でした。アフリカロケのキャンセル費用も大きく、日程もギリギリ。現地では新聞記者に話を聞きながら、密航者や移民の動きを追いましたが、当日まで何が撮れるか全く分からなかったし、実際、最初の4日間は全く何も撮れなかったです。リスクは高かったですが、その無謀さも含めて、それこそが「デスロード」の本質でした。

「この人の話、聞ける!」が決め手
丹羽
取材対象の選び方についてもお聞きします。プジョさんの番組では、必ず中心となる人物に深く入り込み、その過程で人間ドラマが立ち上がってきますよね。その人物は、どのようにして決めているのでしょうか。
プジョ
取材対象を決めるのって、難しいです。逆に、皆さんはどうやって決めているのか、教えてほしいです。もう、覚悟を決めるしかないんです。「この人と心中する」という気持ちで。その人に明確なストーリーがなくても、掘って掘って掘りまくるしかない。あとは、不安になりながらも「もう帰ってくれ」と言われるまで、ずっと一緒にいます。
丹羽
この人だ、と覚悟を決めるポイントはありますか?
プジョ
日本人でも外国人でも、その人の話を、なんとなく「聞けてしまう」かどうかです。言葉が分からなくても、「この人の話は入ってくるな」と感じる人相や雰囲気があるんです。たぶん視聴者も、「この人なら耳を傾けたくなる」と思う瞬間がある。うまく言葉にはできないけれど、いつも感覚で決めています。今回のダニエル君もガブリエル君も、取材を始めて3~4日間、いろんな人に声をかけ続けて、ようやく「この人だ」と決めました。

現地ジャーナリストの「知らない」が突破口
丹羽
次に、スタッフの数や取材体制について教えてください。
プジョ
基本は僕と、ディレクター、コーディネーターの3人。それに場所ごとに現地のジャーナリストが加わって、最大で4人ですね。ジャーナリストは固定ではなく、「この場所ならこの人」という形でピンポイントでお願いしています。
丹羽
コーディネーターとは別に、現地ジャーナリストを入れる理由は何でしょうか?
プジョ
現地のことは、やっぱり現地の人が一番知っているんです。だから、そのジャーナリストが「分からない」と言う場所には、何かが起きている可能性が高くて、むしろ「そこ、行きましょう」と判断する基準になります。
丹羽
それはコーディネーターでは難しい?
プジョ
そうですね。コーディネーターは全体像は把握していても、ジャーナリストほどディープな情報は持っていないことが多いんです。事前リサーチでは一緒に動いて、最適なジャーナリストにつながる人脈を作りますが、そこから先、未知の領域に踏み込む作業が必要なんです。
丹羽
現地のジャーナリストも分からない場所に入るのは、怖くないですか?
プジョ
現地の人は、これからもそこで仕事を続けていく立場なので、どうしても踏み込みづらい。でも僕たちは外から来て、いずれ帰る。無責任と言えばそうかもしれないけれど、その分どこまででも行ける。だから、ジャーナリストは情報はくれるけれど、危険な先までは付いてこないことが多いですね。
丹羽
よそ者だからこそ、撮れる世界がある。
プジョ
もちろん責任はあります。彼らが今後、仕事ができなくなるようなことは絶対に避けなければならない。そこが一番難しいところです。

自腹の機材で、覚悟のダブルレック
丹羽
使用している機材について教えてください。
プジョ
フリーランスで、当時はほぼ無職だったので、機材はすべて自前です。ソニーのX70を2台。パイロット版の撮影もこの機材でした。ドローンも自分のものです。借りているのはピンマイクくらいですね。あとはSDカードと、バックアップ用のSSDを大量に持っていきます。没収される可能性があるので。
丹羽
ほとんどの機材を自前で用意されているんですね。没収のリスクも考えて、バックアップまで含めた体制を最初から組んでいる、と。
プジョ
はい、ダブルレックは必須です。撮影後に止められて「消せ」と言われることが多いので、Aのカメラだけ消して、Bを残す。現地の人はダブルレックを知らないことが多くて、この方法で何度も救われています。
丹羽
取材体制を組むうえで、重視しているポイントは何ですか?
プジョ
一番大事なのは、コーディネーターは日本人、ジャーナリストは地元の人、という組み合わせです。海外ロケをたくさんやってきましたが、質問の意図を一発で理解できるのは、やっぱり日本人なんですよね。細かいニュアンスが伝わらないと、取材の深さが出ないと思っています。
丹羽
役割分担が重要なんですね。
プジョ
そうです。コーディネーターが日本語でこちらの意図を正確に汲み取り、それを現地語で的確に伝えてくれる。『世界の果てに、ひろゆき置いてきた』という番組をやっているんですが、日本人コーディネーターにしておけばよかったと、今でも後悔しています。

「毎日ホテルを変える」ー命を守るための現場判断
丹羽
今回の取材は、常に身の危険と隣り合わせだったと思います。安全管理について、具体的にどんな備えをしていたのか教えてください。
プジョ
安全管理は徹底しました。メキシコでは初日からマフィアに目をつけられていたので、居場所を特定されないよう毎日ホテルを変えていました。事前に危険エリアは共有していましたが、想定外も起きます。エクアドルのジャングルでは電波が通じず危険も多かったので、決めた時間までに戻らなければ日本から避難要請を出す、というルールを設定しました。取材中は位置情報を常時オンにし、日本のスタッフがリアルタイムで確認できる体制を組んでいました。
丹羽
こうした安全管理の考え方は、ご自身の現場経験に加えて、これまで所属してきたメディアで培われたものも大きいのでしょうか?
プジョ
はい、これまでの経験に加え、TBSやABEMAで培った安全体制がベースになっています。出発前には、元TBS戦場ジャーナリストの須賀川さんから助言をもらいました。ホテルについては、「窓側を避ける」「角部屋にしない」「低層階を選ぶ」など、かなり具体的でした。中でも強く残っているのが、「自分はハイエナだという自覚を持て」という言葉です。不幸や苦難の中にいる人を撮る以上、その覚悟を持ち、迷いや葛藤も含めて正直に映像に出すこと。それが一番誠実なんだ、と。
丹羽
取材姿勢そのものですね。
プジョ
ちなみに役に立たなかったのは、「ナイフで刺されたときの止血方法」でした(笑)。
丹羽
それを使わずに済んだのが、何よりですね。
取材対象との距離感、仕掛けで見える人間性
丹羽
プジョさんの取材対象との距離感や向き合い方は、この番組の大きな魅力です。同志のような関係を築き、相手の心の声を引き出していく。その姿勢は、どのように身につけてきたのでしょうか。
プジョ
まだまだ勉強中ですが、先輩から教わったことが二つあります。一つは「飯を食べているところを撮れ」。もう一つは、「人となりを知るための仕掛けを三つ用意しろ。」人の表情ほど雄弁なものはない、という考えです。
丹羽
前編で、ダニエルさんにハンバーガーをおごる場面が印象的でした。再会した際に、今度はダニエルさんがピザをおごり返してくれましたね。そのやり取りだけで、彼の人柄がよく伝わってきますね。
プジョ
食事の場面は、その人の素が一番出る瞬間なんですよね。「デスロード」というタイトルだからこそ、生と死を対比させる必要がある。その中で「生きる」側にある食事のシーンは、とても大切だと思っています。
丹羽
後編では、冷たい川に入水しながらの国境越えの緊張感も強く印象に残りましたが、僕が特に惹かれたのは、その後のシーンでした。壁を越えられなかったガブリエルたちと家に帰って食事をし、冗談を言い合う中で、彼らが希望が断たれたあとでも明るく生きようとする姿が伝わってきた。あのシーンがあったからこそ、彼らの人間としての魅力が伝えられている。そこをきちんと撮っているところに、プジョさんのすごさを感じました。
プジョ
彼らの話を聞く前に、まず自分の話をすることはめちゃくちゃ意識しています。家族のことやカノジョの話もあえて先にします。これ一番大事かもしれないです。

“不法移民”ではなく、“一人の人間”として描く
丹羽
贈呈式の受賞スピーチで、「“不法移民”ではなく、国境を超える“ダニエル君”という一人の人として見てほしい」と語られていましたね。あの言葉には、彼を“個人”として描きたいという強い思いを感じました。
プジョ
はい。”不法移民”といっても、彼らは僕らと何も変わらない。iPhoneを持ち、大学も出て、普通に仕事をしていた人たちが、国の情勢ひとつで立場を失ってしまっただけなんです。だからこそ、彼らの服装や立ち振る舞いを通して、「自分たちと同じ人間だ」ということを伝えたいと思いました。”不法移民”と聞くと、遠い存在に感じますが、自分が「しんどくて死にたいな」と思う瞬間があったとしても、「ダニエルも頑張ってたしな」と少しでも思い出してもらえたらうれしい。そんな顔の見える存在として届いてほしいと思っています。
丹羽
その思いはしっかり伝わっていました。少し編集の話に移りたいのですが、今回の編集で特に大事にした点は何でしょうか?
プジョ
僕はまだ経験が浅いので、教わったことを必死に実践している段階ですが、今回ゼネラルプロデューサーの高橋弘樹さんに強く言われたのが「境界線を描くことが大事だ」ということでした。
丹羽
境界線というと?
プジョ
例えば、道がコンクリートから砂利に変わる瞬間や、ホテルの中から外に出る場面。この番組でいえば、合法的に入れるかもしれないという希望から、不法移民として国境を越える覚悟へ変わる瞬間です。その境目を、表情や映像、声を使って丁寧に伝えることを意識しました。
丹羽
物理的にも、心情的にも、切り替わる瞬間が重要なんですね。
プジョ
はい。ただ、それが本当に難しくて。25回くらいプレビューを重ねて、ようやく少しずつ見えてきた、という感覚でした。
地上波と配信、作り手から見た大きな違い
丹羽
地上波と配信の違いについて、改めて教えてください。テレビ局とABEMA、両方を経験して感じたそれぞれの良さは何でしょうか。
プジョ
ABEMAで最初に言われたのが、「コンテンツファーストではなく、視聴者ファースト」という考え方でした。作り手の疑問から始めるのではなく、まずマーケットがあり、そこに問いを投げる。その発想はテレビとの大きな違いだと思います。一方でテレビは、自分が本当に知りたいことから番組を始められるなど、作り手にとっては豊かな環境です。予算や視聴者がある程度見込める安心感もあり、コンテンツ主導で作りやすい。一方、配信の魅力は尺に縛られないことや、シリーズ構成にできる自由度の高さですね。
丹羽
数字と向き合う仕組みを取り入れつつ、今回の番組では、プジョさん自身のエモーショナルな部分もしっかり表現できていたように感じました。
プジョ
そうですね。ただ、たぶん次は同じことはできない(笑)。今回は許してもらえたけど、次からはもっとシビアに数字と向き合わないといけないと思っています。
【配信のご視聴はこちらから】
〇ABEMA: 『国境デスロード トランプの壁突破デスロード』
取材ビザの実情から現場での瞬時の判断、編集における葛藤に至るまで、制作の裏側に踏み込んだ話題に加え、オフレコを含む率直なお話も交えながら語っていただきました。制作者として何を守り、何に向き合い、どのような覚悟で映像を世に送り出すのか――プジョさんの言葉一つひとつに、これからの制作に向き合うための多くの示唆が詰まった「見る会・語る会」となりました。
放送文化基金では、制作者同士が学び合い、刺激を受け合える場としてイベントを継続的に開催していきます。今回の「番組を見る会・語る会」は再開第一弾となりましたが、改めて”語り合える場”の大切さを実感する時間にもなりました。今後もこうした機会を重ねてまいりますのでお楽しみに。
編集部 馬越直子
プロフィール
大前プジョルジョ健太さん(おおまえプジョルジョけんた)
映像ディレクター
2018年法政大学卒業後、TBSテレビに入社。報道からバラエティまで様々な番組を担当し、『不夜城はなぜ回る』でギャラクシー賞を受賞。2024年に独立後はABEMA『国境デスロード』を手がけ、放送文化基金賞を受賞。現在はオーストラリアを拠点に、国境や世界の最前線を舞台に取材を続けている。趣味は花火鑑賞とスキューバダイビングで、映像以外の“火花”や“深海”にも魅せられている。
丹羽美之さん(にわよしゆき)
エンターテインメント部門審査委員長
1974年生まれ。東京大学大学院情報学環教授。専門はメディア研究、ジャーナリズム研究、ポピュラー文化研究。番組アーカイブを用いてテレビの文化や歴史を研究している。主な著書に『日本のテレビ・ドキュメンタリー』、『NNNドキュメント・クロニクル:1970-2019』、『記録映画アーカイブ・シリーズ(全3巻)』(いずれも東京⼤学出版会)などがある。
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