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寄稿

テレビドラマを文化として次代に伝えるために――放送ライブラリー「山田太一・上映展示会」の意義・前編【放送評論家 鈴木嘉一】

2025年度助成 イベント事業(前期)

11月29日は、日本を代表する脚本家・山田太一さんの三回忌にあたります。この節目に合わせ、横浜市の放送ライブラリーでは特別企画「山田太一・上映展示会~名もなき魂たちを見つめて~」を12月12日から開催しています。山田さんが遺した膨大な資料のアーカイブ化に取り組む「山田太一のバトンを繋ぐ会」が、その活動の第一歩として共催した企画展です。展示に協力した放送評論家・鈴木嘉一さんが、企画展を通して見えてくる山田太一作品の魅力と、その意義について綴ります。

展示会場の入り口には、「見えにくい現実をつかみたいと思ってしまいます」などという山田さんの言葉が掲げられている

山田作品をテーマや時系列に沿って解説

放送ライブラリーが名脚本家を追悼する上映展示会を開くのは、2011年暮れに70歳で死去した市川森一さん以来2回目となる。一周忌を迎え、「市川森一・上映展示会 夢の軌跡」と題して開催された。私は当時、市川作品を時系列やテーマ、作風の変化に沿って分け、解説するパネルを執筆した。今回も山田作品の解説を依頼され、膨大なテレビドラマなどを区分する作業はなかなか大変だったが、次のように八つに絞った。

1.映画からテレビへ――松竹を退社、脚本家として独立(1960年代後半)
 TBSの『女と刀』『3人家族』『パンとあこがれ』など
2.辛口ホームドラマ――橋田壽賀子、向田邦子、倉本聰らと「脚本家の時代」をリード(1970年代~80年代前半)
 TBSの『それぞれの秋』『岸辺のアルバム』、フジテレビの『早春スケッチブック』など
3.戦争の傷跡と記憶――NHKで初の脚本家シリーズ(1970年代~80年代前半)
 NHKの連続テレビ小説『藍より青く』、NHKの『男たちの旅路』、テレビ朝日の『終りに見た街』
4.歴史の中の個人――NHK大河ドラマで初のオリジナル脚本(1980年前後~80年代前半)
 大河ドラマ『獅子の時代』、NHKの『あめりか物語』『日本の面影』
5.老いの光景――超高齢化時代を先取り(1980年代)
 『男たちの旅路』の「シルバー・シート」、NHKの『ながらえば』『冬構え』『今朝の秋』など
6.ふぞろいの青春群像――同時進行ドキュメント的な長期シリーズ(1980年代~90年代)
 TBSの『想い出づくり。』『ふぞろいの林檎たち』、フジテレビの『真夜中の匂い』など
7.時代を射る単発作品――連続ドラマからスペシャルドラマへ(1990年代~2010年代)
 フジテレビの『ありふれた奇跡』、テレビ東京の『せつない春』『本当と嘘とテキーラ』、テレビ朝日の『時は立ちどまらない』など
8.多様な表現の領域へ――小説、映画、舞台、エッセイ、対談(1980年代~2010年代)
 『異人たちとの夏』、『少年時代』、『砂の上のダンス』など

目を見張らされる1980年代の活躍ぶり

テレビドラマは放送枠や放送形式、時間帯によって、コンセプトや視聴者層が異なるが、山田さんは多様なドラマ枠で仕事をしてきた。NHKでいえば、朝の連続テレビ小説と大河ドラマの二枚看板ドラマはもとより、夜の帯ドラマ枠だった「銀河テレビ小説」、NHKで初の脚本家シリーズとして「山田太一シリーズ」を始めた「土曜ドラマ」、深町幸男ディレクターと『シャツの店』などで名コンビを組んだ「ドラマ人間模様」、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)を主人公にした『日本の面影』などの「ドラマスペシャル」といったように、〝器〟に応じて〝中身〟を書き分け、名作や秀作、話題作を残している。チャレンジングで、柔軟な創造精神は特筆される。

中でも、大河ドラマ『獅子の時代』から始まった1980年代の活躍ぶりは目を見張らされる。山田さんの40代後半から50代前半にかけてで、脂が乗り切った時期だろう。笠智衆主演の3部作などをとおして「老いの光景」を凝視する一方で、『ふぞろいの林檎たち』シリーズなどで「ふぞろいの青春群像」を追い続けた。中年という年代だからこそ、高齢者と若者の双方に目配りできたこの時代には、代表作の一つ『早春スケッチブック』などの連続ドラマも手がけていた。さらに、小説や戯曲も意欲的に書いた仕事量には驚かされる。

会場には、すべての山田ドラマを網羅する年表が展示されている。既存のリストを参考にしながらより正確さを期すとともに、漏れていた作品や数々の受賞歴もフォローしており、「決定版」と言えるのではないか。作品の年表によれば、連続ドラマも単発ものも1作と数えると計147作に上り、放送回数にすると全部で1250回を超える。山田さんは脚本家として質量ともに抜きんでていたと、あらためて実感する。

山田ドラマの年表と写真、脚本、解説のパネルが時系列で展示されている

鉛筆による直筆原稿は独特の筆跡

コーナー別ではまず、山田さんの生い立ちや少年時代などの原点、心象風景が紹介される。父親は東京一の盛り場だった浅草で大衆食堂を営んでいたが、太平洋戦争中に一家で神奈川県湯河原町に疎開し、戦後も住み続けた。山田さんは中学時代、国語の教師の影響で文学の世界に目覚め、県立小田原高校から一浪して早稲田大学教育学部国語国文科に進学した。後に詩人・劇作家・劇団主宰者・映画監督などと多彩な活躍をする寺山修司は同級生で、たくさんの手紙をやり取りするなど盛んに刺激し合った。

湯河原中学時代のノートにはイラストが多く描かれた。挿絵画家になろうと考えていた

山田さんの卒業論文は、大正から昭和にかけて川端康成とともに新感覚派として活躍した作家の横光利一論だった。興味深いのは東京都の教員採用試験の願書で、希望する任地を八丈島とした。辺地の教師をしながら小説を書いて生きようと望んだが、日にちを間違えて受験できなかった。「就職できるならどこでもいい」と、たまたま受けた松竹の助監督採用試験に合格し、大船撮影所に入った。いつの世も、人間は何が幸いするかわからない。

直筆原稿として、最後の連続ドラマとなったフジテレビの『ありふれた奇跡』(2009年)の脚本が初公開された。執筆はずっと鉛筆を使った。原稿用紙のます目には収まらないほど伸び伸びとした独特の筆跡は、一目で山田さんとわかる。何物にもとらわれない自由な精神がうかがえると言ったら、深読みだろうか。早大時代の読書ノートにはこの筆跡の原形が見られた。

『ありふれた奇跡』の直筆原稿とともに、第1回の脚本と市販のDVDも展示された

筆まめで知られ、交わした手紙も展示

山田さんは筆まめで知られ、仕事仲間や知人たちに手紙、はがきをよく出した。今回、交わされた手紙の一部も展示された。松竹時代、師と仰いだ木下惠介監督や女優の沢村貞子、大原麗子たちからの手紙である。八千草薫は末尾に「山田さんから頂くお葉書も大事にとってあります。何か自信がなくなったとき、読み返すとほっと安心するお薬みたいなのです」とあり、「(すみません)」と付け加えたところが、名女優の人柄をしのばせる。20通近くいだたいた私も含めて、山田さんからの書簡類を大切に保管している人は多いだろう。

八千草薫、大原麗子らの女優からの手紙も初公開された。大原は手紙で『チロルの挽歌』に出演したことを「ほんとうにうれしゅうございました」と感謝していた

脚本コーナーでは、代表作の一つとなった鶴田浩二主演の『男たちの旅路』のタイトルは当初、「おれたちの旅路」だったのが目を引く。前年の1975年から日本テレビで始まった中村雅俊主演の『俺たちの旅』と似ていたため、急きょ変更されたという。

脚本家の主人公が生まれ育った浅草で両親の幽霊と過ごすファンタジー小説『異人たちとの夏』(1987年)で第1回山本周五郎賞に輝き、ドラマ化を想定しない小説も次々に発表した。山田さんはエッセイの名手でもあり、多くの小説やエッセイ集も並べられている。

山田さんの小説は、『藍より青く』と『異人たちとの夏』『飛ぶ夢をしばらく見ない』が映画化された

『異人たちとの夏』は大林宣彦監督によって映画化されるとともに、英語をはじめ、フランス、イタリア、デンマーク、ルーマニア、中国、韓国など13の言語で翻訳された。2024年には、英国でリメイクされた映画『異人たち』が劇場公開された。山田作品は国境を越えて、世界に羽ばたいている。

前編では開催中の上映展示会を中心に紹介したが、動きはそれだけにとどまらない。後編では、山田さんが後進たちに及ぼした影響と、これから始まる新たな取り組みに目を向けたい。

山田太一・上映展示会 開催概要

📺特別企画 山田太一・上映展示会 ~名もなき魂たちを見つめて~
  開催期間:2025年12月12日~2026年2月11日
  場所:放送ライブラリー(横浜市中区日本大通11番地)
  ※入場無料
👉特別企画 山田太一・上映展示会 ~名もなき魂たちを見つめて~ | 放送ライブラリー公式ページ

プロフィール

鈴木 嘉一(すずき よしかず)
放送評論家
元読売新聞編集委員。「放送人の会」の理事・大山勝美賞選考委員長。元放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員長代行。著書に『テレビは男子一生の仕事 ドキュメンタリスト牛山純一』(平凡社)、『大河ドラマの50年』(中央公論新社)、『脚本家 市川森一の世界』(長崎文献社、共著)、『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』『わが街再生』(いずれも平凡社新書)など。

2025年度助成イベント事業(前期)
「山田太一が遺した膨大な資料をデジタルアーカイブ化して後世の放送文化の向上に寄与する。」
山田太一のバトンを繋ぐ会
代表 長谷川佐江子(アトラス)

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