助成

寄稿

WIDE 2025「オールジャパンで企画を世界へ」【グローカル・コンテンツ・アソシエーション 代表理事 浜野高宏】

2024年度助成 イベント事業(後期)

映像コンテンツ市場の拡大に伴い、その価値が多面的に問われる現在、制作者たちは国内外を見据えながら新たな一歩を模索している。そうした中、実例と対話を通じて国際展開へのヒントを共有するWIDEシンポジウムが開催された。本稿は、多くの国際共同制作を手がけ、シンポジウムでは国際マーケットの最新動向をリポートし、全体のコーディネーターもつとめた浜野高宏さんによる寄稿です。

WIDEシンポジウム会場でリポートする浜野高宏さん

メディア環境が劇的に変化し、作品の“出口”が無数に広がる今、制作者はこれまで以上に柔軟で、臨機応変な方法を模索している。テレビだけで完結しない時代に、日本の企画をどう世界へ届けるのか――その実践的なヒントを集めたのが、今回のWIDE2025である。国際マーケットの最前線報告、アカデミー賞ノミネート作品『小学校 ~それは小さな社会~』の制作プロセス・ケーススタディ、そして若手制作者たちによるプレゼンから、「オールジャパンで企画を世界へ届ける」ための新たな道筋が見えてきた。

いま世界で何が起きているのか? ~国際マーケット最前線~

2025年11月5日、国際ピッチイベントTokyoDocsの会期中、としま区民センターにて、ドキュメンタリーや情報番組などのファクチュアル分野の制作者対象のワークショップ WIDE=WORKSHOP FOR INTERNATIONAL DOCUMENTARY EXCHANGEを開催した。テーマは「オールジャパンで企画を世界へ」。急速に変化する国際マーケット最前線を共有しつつ、日本の放送局・制作会社・フリー制作者が一堂に会して、自らの企画を世界に届けるための具体的な方法を議論する場となった。会場には100人もの客が詰めかけ立見席も出るなど、関心の高さがうかがえた。

MIP COM

第1部では40本以上の国際共同制作を手がけてきた筆者が、急激に変化する国際マーケットの最新動向を10月にフランス・カンヌで開催された世界最大の国際番組見本市MIP COMの映像も交えてリポートした。

今、世界の公共放送は番組数こそ維持しているが単価や枠は減らされている傾向がある。一方、劇場上映は、ブランド価値が高い反面、マネタイズは難しいという声をよく聞く。S-VOD(Netflix、Amazon Prime、Disney+など)は、ドキュメンタリー配信を行っているが一本あたりの予算は下降傾向にあるという。A-VODやFASTといった新興のプラットフォームはどこが伸びるか未知数な状況だ。

こうした中で、国際マーケットでは「ひとつのコンテンツを複数の出口に合わせて設計する」必要が出てきている。企画開発段階から、「組み合わせ」を前提として制作することが求められている。こうした考え方を国際マーケット最前線で実現したのが、第2部で紹介する「小学校 ~それは小さな社会~」だった。

『小学校 ~それは小さな社会~』―多メディア展開と長期制作を支えたチームワーク―

第2部登壇者

第2部では、2025年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー部門ノミネート作品、『小学校 ~それは小さな社会~』の制作プロセスを取り上げた。登壇したのは、監督の山崎エマ氏と、プロデューサーのエリック・ニアリ氏、NHKの安田慎氏の3人である。

『小学校 〜それは小さな社会〜』は、Cineric CreativeとNHKの共同プロジェクトとして始動した。制作の初期段階では、Tokyo Docsで最優秀ピッチ賞を受賞、その後もHot Docs(カナダ)やDoc Edge(インド) でピッチを行い国際的な注目が寄せられた。最終的に99分版(劇場版)、80分版(YLEフィンランド国営放送版)、52分版(国際放送版)、NHK国内版の計4バージョンが制作された。また、23分の短編「Instruments of a Beating Heart」はNew York Times Op-Docsにて発表された。

『小学校』撮影風景

劇場版は東京国際映画祭でワールドプレミアを行い、テッサロニキ映画祭で国際プレミアを果たし、北米最大の「JAPAN CUTS」で観客賞を受賞するなど、世界各地で高く評価された。日本国内では劇場用が100館以上で上映された。

テレビ放送はNHK、PBS、FRANCE 2、YLEをはじめ30か国以上におよび、短編版はIDAアワード最優秀短編ドキュメンタリー賞を受賞。そして、日本人監督による日本作品として初めてアカデミー賞短編ドキュメンタリー部門でノミネートされるに至った。

山崎監督からは、コロナ禍で当初の撮影計画がすべて白紙になったこと、主人公を一人に絞らず「学校という場そのもの」を見つめ続ける決断をしたこと、そして撮影後も週末や長期休暇を使って素材を見続け、「何がまだ撮れていないのか」を確認しながら作品を育てていったプロセスが語られた。「自分たちが信じて続けてきたものが、結果として評価につながった」という実感が印象的なコメントとして共有された。

プロデューサーのニアリ氏からは、公共放送に求められる分かりやすさと、映画的な表現の自由度、国際市場での“尖り”をどのように両立させるかについて、共同制作ならではの工夫が語られた。「パートナーとは完成した作品を“売る”だけでなく、開発段階から一緒に悩み、どの映画祭を狙うか、どこでプレミアを仕掛けるかといった戦略を共に設計できたことが大きかった」と話し、“共に企画を育てるパートナーシップ”の重要性を強調した。

『小学校』に続け!オールジャパンでJ-Docを世界へ

コメンテイターのセルジュ・ラルー氏、エリック・ニアリ氏

第3部では、「自分の企画を国際マーケットへ」というテーマで、NHK・日本テレビ・フジテレビと共に番組を手がけたディレクターが登壇。約6分ずつ自らの企画を紹介、海外プロデューサーから具体的なアドバイスを受ける“公開ワークショップ”形式で行った。オールジャパンで国際展開の道を広げようという試みだ。

コメンテイターは、引き続きエリック・ニアリ氏にお願いした。またフランスのセルジュ・ラルー氏にご参加頂いた。彼は2008年にアニメーション・ドキュという新たな手法で世界を驚かせた「戦場でワルツを(Waltz with Bashire)」でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。

公開ワークショップ登壇者

日本テレビからは、『真相報道バンキシャ!』内のドキュメンタリーコーナーで放送された「6人だけのバスケ部 ~リアルSLAM DUNK、最後の挑戦~」が紹介された。海外プロデューサーからは「バスケの物語自体は世界中にある。日本独自の“高校スポーツ文化”や、スラムダンクと響き合うポップカルチャーの文脈を前面に出すことで、国際市場でのコンセプトが明確になる」という指摘があった。

フジテレビの「もっと働きたい若者」をテーマにした企画では、入社3年以内に会社を辞めてしまう若者のリアルと、企業の新しい雇用モデルを描く番組がプレゼンされた。この企画には、社会問題を扱う企画は、国によって受け止め方が大きく違うため、「日本の若者の働き方」を描きながら、どこまで普遍的なテーマに昇華できるかが勝負だとの指摘があった。

また、死生観やメンタルヘルスをテーマにしたNHKの番組企画も紹介され、「視聴者が被写体の経験を通じて、自分自身の不安や生きづらさと向き合えるようなドキュメンタリーは世界共通の関心を持ち得る」という視点が共有された一方で、「その国の視聴者が自国の人間を見たい」というテレビの基本原理との折り合いをどうつけるかについても率直な議論が交わされた。

放送文化への貢献と今後の展望

WIDEでは「日本のドキュメンタリーは世界へ羽ばたく時」というメッセージを掲げ、テレビ・劇場・ネットを横断する多メディア時代にふさわしい国際展開のあり方を具体的なケーススタディと対話を通じ共有した。今後は、こうした取り組みを通じて、放送局・配給会社・配信プラットフォーム・映画祭など異なるプレイヤー同士が緩やかにつながるネットワークを構築し、日本発コンテンツが世界の多様な窓口に届く“エコシステム”を育てていきたい。

著者・プロフィール

浜野 高宏(一般社団法人グローカル・コンテンツ・アソシエーション 代表理事)

1990年NHK広島局でキャリアを開始、NHKスペシャルやクローズアップ現代など担当。2000年米AFIに留学。40本以上の国際共同制作に携わり、カナダのドキュメンタリー映画祭Hot DocsでDoc Mogul Awardをアジア人初受賞。映画「バーニング」(2021・企画/共同プロデューサー)はカンヌ国際映画祭でFIPRESCI賞を受賞。

2024年度助成 イベント事業(後期)
「急速に変化するメディア市場において、日本の映像コンテンツを国際的に発信するための実践的ノウハウを提供するワークショップ」
WIDE 実行委員会
委員 中尾佐知子(グローカル・コンテンツ・アソシエーション)

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