HBF CROSS
元メンバーのインタビューが全てを変えた――『安全地帯・零ZERO-旭川の奇跡-』― 北海道ドキュメンタリーワークショップ第3回・後編
未来へつなぐ灯 連載第4回
NHK札幌放送局 栗山慎二
「想定外を取材・構成する」をテーマに2025年2月16日に開催された第3回北海道ドキュメンタリーワークショップ。
本記事では、その後半で取り上げられた内容をお伝えする。

ノーナレーション×72分
上映されたのはNHK札幌が制作した北海道スペシャル『安全地帯・零ZERO-旭川の奇跡-』(初回放送2024年11月15日)。
北海道を対象にした放送だったが、多くの反響を受けて翌月には全国放送された。
番組ではロックバンド・安全地帯の原点を結成の地である旭川で探っていく。物語は1970年代、玉置浩二をはじめとする中学の同級生がバンドを結成するところから始まる。田園が広がる郊外で、メンバー自ら農機具小屋を改修して行った4年間の合宿生活など、音楽に明け暮れる熱い青春時代が描かれる。そこから現在までの歩みへと物語がつながっていく。
異色なのはメンバーの生々しいインタビューで番組が構成され、ノーナレーションで72分間を駆け抜けていることだ。
2010年からあたため続けた安全地帯“青春時代”映像化の夢
上映後、プロデューサーの堀口航平が制作の経緯を話した(ディレクターの門脇陸は札幌局から異動していたため欠席)。

番組制作のきっかけは2010年に遡る。当時、東京でエンターテインメントを担当していた堀口は玉置浩二の番組を作った際、若き日の合宿生活のエピソードを聞いて「めちゃくちゃ面白い!番組になるのでは」と考えていた。

その後に紆余曲折がありなかなか実現できなかったが、2021年に堀口が札幌放送局に異動。2023年には安全地帯の結成から50年という節目も重なり、再び機会を窺うことになる。2023年10月、最初の企画書は「ドラマでバンドの青春時代を映像化する」という内容だった。
(堀口)「最初は映像がないと思っていました。どうしても再現できないところはドラマにして、一夜はドラマ、もう一夜はドキュメンタリーという、NHKスペシャル『未解決事件』みたいな構成を考えていました」
サクセスストーリーからの方向転換
堀口がドラマを志望していた門脇ディレクターに話を持ちかけたところ、地方局では珍しくなったドラマ制作ができるとあって、門脇はすぐに話に乗った。
主人公である玉置浩二には過去を振り返る文献資料がほとんどなかった。ドラマの核となる事実を取材しようと、門脇は2024年3月から関係者と接触していく。
すると、昔からのファンがチラシや写真、音源など貴重な資料を多く持っており、「証拠」となるものが次々と蓄積していった。
特にこの年の6月に元バンドメンバー・武沢俊也(現メンバー武沢侑昂の兄)と出会ったことが取材に厚みを加えた。当時を克明に記憶していた武沢の証言によって、年表が書けるほどの豊富な情報が得られたほか、非常に複雑なバンドメンバーの人間関係が見えてきたのである。
武沢自身、メジャーになっていく過程で多くの人たちが関わるようになったバンドについていけなくなり、その後、脱退して音楽と関係のない仕事に就いていた。
当初想定されていたシンプルなバンドのサクセスストーリーにはない、「若き日に人生をかける挑戦をした者同士が、別れた後にどんな生き方を見出すのか」という普遍的な視線が加わったのである。
ドラマ志望ディレクターが見出した、ドキュメンタリーの必然
これを受けてドラマを作りたかったはずの門脇が「ドラマじゃなくてドキュメンタリー番組にしませんか」と提案し始めた。新しい企画書の一行目には「ドキュメント×ロングインタビューで綴る 北海道の誇るスター・玉置浩二の原点」というねらいが書き込まれた。

メンバー映像が火をつけた──玉置浩二、語りだす
2024年8月、玉置浩二へのインタビューが行われることになった。
インタビュー2週間前の打ち合わせの際、玉置のマネジメント担当者が「他のメンバーのインタビューを玉置に見せながら話を引き出す収録スタイルにしたらどうか。その方が絶対に本人はいろいろなことを思い出すはずだ」と提案してきた。

限られた時間の中でスタッフが急ピッチでメンバーのインタビューを切り出したところ、収録の当日、玉置がこれをきっかけに次々に話を始めた。
旭川から東京に拠点を移し、多くの人が関わるようになったことでバンドが「(地元だけで作る)安全地帯ではなくなった」といった核心に迫る発言も飛び出し、インタビューは3時間に及んだ。周囲も「ここまで話すとは」と驚いたという。
ノーナレの葛藤──“粘り”が掴んだ手応え
堀口の報告の後、会場からは「ディレクターがノーナレという演出を決めたとのことだが、ここはナレーションが欲しいとか、こちらから情報を伝えたいという葛藤はなかったのか」という質問が出た。
堀口は「1回目の試写までノーナレについては決断できないところがあった。ただ、そこまではディレクターの世界を尊重した。実際に見たときは95分の長尺で疲れたが、要素はくまなく入っており、ノーナレでいけるという手応えを得た。後は押さえる部分をテロップなどで処理するため、内容をかなり精査し、最後まで悩んだ」と振り返った。
「想定外」から方向を修正していく過程で生まれた、ディレクターの「粘り」が光る作品でもあった。

ワークショップの前半・後半を通じて参加者が学んだのは、「取材で得られた情報をもとに柔軟に構成することで番組は豊かになる」という、ごく基本に立ち返る学びだった。情報がネットにあふれる時代ではあるが、取材先と地道に関係を結び、「想定外」の事実と出会ったときに、ドキュメンタリーのストーリーは動き出す。現実の多様性を伝えることは、私たちオールドメディアの使命でもあり、やりがいでもある──そんなことをあらためて実感できるワークショップだった。
プロフィール

栗山慎二(くりやま しんじ)
NHK札幌放送局メディアセンター専任部長
1969年生まれ。札幌市出身。1992年NHK入局。報道局、名古屋局、衛星ハイビジョン局、NHKグローバルメディアサービス、釧路局などでニュース番組や報道番組の制作に関わり、2023年より札幌局。自治体財政や医療問題、スポーツや自然現象まで幅広く担当してきた。
「北海道ドキュメンタリーワークショップ」は、放送文化基金の助成を受けて2024年9月から各局が持ち回りで計6回開催。多彩なゲスト講師を招き、放送局の垣根を越えて切磋琢磨し交流を深めることを目的とし、局員に限らず制作会社など放送に携わる人なら誰でも参加できる場となりました。
本連載では、その全6回を月に一度のペースでレポートとしてお届けします。質疑応答のハイライトやゲスト講師が伝えたかったメッセージ・哲学を掘り下げながら、その熱気をお伝えしていきます。次回もどうぞお楽しみに。
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