HBF 公益財団法人 放送文化基金

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助成

2020年度助成金贈呈式

 放送文化基金の2020年度の助成対象が決まり、2021年3月2日、ホテルルポール麹町で助成金贈呈式が開催されました。新型コロナの感染防止に最大限配慮し、研究発表会や懇親会は取りやめ、助成対象者の皆さんと関係の方々だけの出席とし、出席を見合わせられた方々のために式典の模様をオンライン配信しました。
 はじめに濱田理事長が「今年度採択されたそれぞれのプロジェクトは、まもなく迎える東日本大震災から10年を意識した災害報道に関するものや地域放送を様々な視点で分析するもの、さらに海外の若手研究者や将来の放送技術の発展に寄与する研究など時代を捉えたタイムリーなものや斬新なアイディアに富んだものが多くみられます。コロナ禍の中での研究に様々な制約があるでしょうが、皆さんにはぜひとも助成金を有効に使っていただき、プロジェクトを着実に進めていただきたい。」と挨拶しました。
 引き続き、「技術開発」の今井秀樹審査委員長と「人文社会・文化」の白石さや審査委員から今回の審査について概況報告がありました。

 2020年度は、技術開発12件、人文社会・文化52件の 合わせて64件の申請があり、審査の結果、技術開発6件、人文社会・文化23件の 合わせて29件、総額4,264万円が採択されました。贈呈式に参加した助成対象者1人1人に濱田理事長から目録が手渡され、記念撮影を行いました。東海大学高輪教養教育センター 准教授 北濱幹士さん福山大学人間文化学部専任講師 丸山友美さんの2人から各部門を代表して研究の紹介がありました。


 助成対象に決まったプロジェクトは、2021年4月から2022年3月までの1年間、研究、開発、調査、事業等を実施し、報告をまとめることになります。


今井審査委員長

白石審査員

技術開発部門 代表挨拶

視線と体の協調について効果的な発達を促す指導法の提案
東海大学高輪教養教育センター 准教授 北濱 幹士

 運動機能と視運動機能は幼少期にほぼ大人のレベルに達し、これらの協応動作は日常的な「運動遊び」を通して自然と学習されます。つまり、多種多様な動作が混在する遊びが(滑り台、ブランコ、ジャングルジム、鬼ごっこ、ボール遊びなど)、子どもの中枢神経や末梢神経の発育発達に欠かせません。しかし、現在では都市化や少子化の進展、また社会環境の変化により「遊ぶ場所、外で遊ぶ時間、一緒に遊ぶ仲間」が著しく減少しています。その上、この傾向はコロナ禍による「外出自粛」や「新しい生活様式」により顕著となり、更に子どもの体力低下が進むのではないかと危惧されます。
 幼少期に適切な「運動遊び」を行うことは、健全な発育発達だけに留まらず、大人になってからの健康保持・増進にも直結してきます。主体的に体を動かして「遊ぶ」ことで、体力・運動能力の向上、健康的な体、意欲的な心の育成、更には社会適応力や認知的能力の発達を高めることにも繋がります。
 視運動機能、特に眼球運動の発達については多くの研究が行われていますが、体の運動機能との協応についての基礎研究はほとんどありません。また、大人になって幼少期における「運動遊び」の経験がどのように役だっているのかについての研究はありません。これまで大学生を対象としてスポーツ中の眼球運動解析を行い、スキル分析や効果的な練習法の提案をしてきました。これらの研究を通して、幼少期からのスポーツ習慣の重要性について研究の必要性を痛感し、子ども専用の眼球運動測定用ゴーグルの開発、幼児の測定、学会発表を行ってきました。今回の助成では、これらの研究成果の検証とともに、幼児の眼球運動と体の動きの協応動作を分析し、効果的に発育発達を促す指導法を提案する事で、幼児の運動能力向上への寄与を目指します。また、広く幼児教育分野で利用できるインタラクティブ映像教材を制作し、放送文化の発展に貢献したいと考えてます。

人文社会・文化部門 代表挨拶

モノから考える戦前戦後のローカル放送史―JOBKによるラジオ塔建設の試みを中心に
福山大学人間文化学部 専任講師 丸山 友美

 ラジオ塔は、ラジオが「家」で聴取されるメディアになる以前、スピーカーと受信機を内蔵した石塔として公園や神社などの「屋外」に設置されたメディアです。現在、関西を中心にその遺構が残っていますが、1930年代前半に建設されたものの多くは、1925年に社団法人大阪放送局(以下BK)として発足し、1926年に関西支部として日本放送協会に組み込まれたBK計画部という部署によって企画・建設されました。
 ラジオ塔は、加入聴取者の拡大施策の一つとして、BK計画部が1926年から試みた「受信拡大」という取り組みの延長線上で構想・実現されたメディアであることが、これまでの調査で明らかになっています。BK計画部の施策は他に、聴取者に対する訪問調査、ラジオ商を巻き込んだ加入窓口の増設、放送時刻表や番組予告のビラといった各種配布物の頒布などさまざまありましたが、これら施策の背後にあったのは、毎年増加する加入契約数と比例するように、加入契約を解約する廃止数の多さに頭を悩ませる放送事業者の困難でした。そうした中においてBK計画部は、人々に「ラジオと共にある生活」を喧伝することで、ラジオ受信機を普及させると共に加入契約を維持しようとしていたのです。けれども、そのようにBK計画部が考案したラジオ塔は、1932年の加入契約100万突破を祝う記念事業に組み込まれたことにより、以降、日本放送協会の全国施策として各地に建設されるようになります。その結果、土地の景観に馴染むよういろいろな形が考案されたラジオ塔は画一的なものとなり、多くの人に「同時」に情報を届けることを是とするメディアへ変容していきました。
 ラジオ塔についてはまだわからないことが多く、放送文化基金の支援を得て関東や甲信越を調査地にくわえ調査する予定です。以上のラジオ塔調査を通じて、ローカル放送局の放送文化を記述する方途を構築すること。それが本研究の目標です。