HBF 公益財団法人 放送文化基金

文字サイズ:

HOME助成2024年研究報告会を開催しました。

助成

2024年研究報告会を開催しました。

放送文化基金は、これまでに助成したプロジェクトの成果を発表する場として、
助成金贈呈式とあわせて研究報告会を開催しています。

 放送文化基金の2023年度の助成対象が決まり、2024年3月1日、ホテルルポール麹町(東京都千代田区)で助成金贈呈式が開催されました。

 贈呈式は第一部として研究報告会、第二部に助成金目録の贈呈、そして懇親会という構成で行なわれました。第一部の研究報告会では、技術開発部門で2021度に助成した奈良先端科学技術大学院大学准教授の神原誠之さんが、『対話ロボットを用いたTVゲーム雑談システムの構築』のテーマで発表を行い、人文社会・文化部門からは、2021年度に助成した、学習院大学教授の周東美材さんが、『戦後日本における職業音楽家としての「うたのおねえさん」の誕生』というテーマで発表を行いました。報告会には約40名が参加し、質疑応答の時間にも活発な意見交換が行われました。

報告① 技術開発部門(2021年度助成)

『対話ロボットを用いたTVゲーム雑談システムの構築』
奈良先端科学技術大学院大学 准教授 神原 誠之 氏

神原 誠之 氏

 近年、年代に関係なく日常生活における会話が不足しており、この問題の解決策として、人に代わって話し相手となり、発話を促す対話ロボットが注目されている。しかし、ロボットとのコミュニケーションの楽しさが持続できず、モチベーションを保てないことが課題となっている。そこで本研究では、ロボットとの日常的な楽しいコミュニケーションを演出するために、家でテレビゲームを楽しむシーンを想定し、ユーザと一緒にテレビゲームをプレイする対話ロボットを提案する。提案システムでは、ロボットの発話や振舞を制御するだけでなく、ゲームキャラクタを操作することでゲーム展開も制御する。
 初めに、提案ロボットの設計にあたって、人同士のテレビゲームの対戦を分析する予備実験を行った結果、ゲームの状況やイベントに合わせた発話によってより楽しさが増すこと、プレイヤが一方的に負けた場合には楽しさが減少していたことが分かった。この結果をもとに、ゲーム操作のレベルを調整し拮抗した勝負を演出しつつ、提案ロボットはゲームシーンに合わせて発話や動作することで、ユーザの楽しさの増大を試みる。 また予備実験において被験者の発話の中には、対戦相手を挑発し煽るようなネガティブな感情を想起させていた発話が存在した。提案ロボットを設計するにあたって、ユーザにネガティブな感情を与える可能性がある敵対的な発話は、ユーザの楽しさを損ねないためにも避けるべきであると考えられる。 しかし被験者の中には、敵対的な発話がある方が対戦に熱が入って楽しいと感じる者もいた。 そこで、予備実験でプレイヤをポジティブにしたものを実装し、これを友好的なロボットとし、一方で対戦相手をネガティブにした挑発的な発話を行うロボットを敵対的なロボットとして準備した。
 提案ロボットがユーザの楽しさに与える影響を検証するために、友好的なロボット・敵対的なロボット・ロボットなしの3 条件の対戦で、被験者30名に対し、アンケートによる主観的評価を行う実験を行った。 その結果から、各試合の総合的な楽しさ・興奮・盛り上がり・対戦意欲のいずれについても、友好的なロボットとロボットなし、および敵対的なロボットとロボットなしの間には有意な差が認められた。 従って、ロボットと一緒に遊ぶ方が、1人で遊ぶ場合よりもユーザを惹きつける楽しい時間を実現できることが示された。一方、友好的なロボットと敵対的なロボットの楽しさの間には有意差は見られず、友好的な発話と敵対的な発話どちらが有効であるかはユーザの好みによって大きく変わることがわかった。また、敵対的な発話は、ロボットとの対戦感覚を強めるなど、対戦ゲーム中の発話というシチュエーションにおいては、有効的な面もあることがわかった。

・2021年度助成「対話ロボットを用いたTVゲーム雑談システムの構築 」

神原 誠之 氏プロフィール
博士(工学)。 2002年奈良先端科学技術大学院大学博士後期課程修了。 同年同大情報科学研究科助教。 2010年同大准教授、現在に至る。
複合/拡張現実感、環境知能、ヒューマンロボットインタラクションの研究に従事。

報告② 人文社会・文化部門(2021年度助成)

『戦後日本における職業音楽家としての「うたのおねえさん」の誕生』
学習院大学法学部 教授 周東 美材 氏

周東 美材 氏

 本研究は、「うたのおねえさん」と呼ばれる職業のあり方がいかにして生まれたのかを考察することで、戦後日本に固有の放送文化の歴史を解明しようとするものである。本研究では、眞理ヨシコ氏へのインタビューを通じて、どのようにしてうたのおねえさんというキャラクターが作られていったのかを考察した。眞理氏は、1938年に生まれ、東京藝術大学音楽学部声楽科在学中にNHKのオーディションに合格して「うたのえほん」に出演し、初代のうたのおねえさんとなった人物である。本研究の成果の一部は2023年2月に発表した論文「職業音楽家としての「うたのおねえさん」――眞理ヨシコに聞くテレビ番組「うたのえほん」のころ」(『東京音楽大学研究紀要』第46集、71頁-87頁)として発表したが、研究報告会の内容は本論文に基づくものである。
 うたのおねえさんは、連日のテレビ出演が約束され、幅広い社会的認知が保証された人気歌手という特徴をもっている。また、彼女らは他の番組への出演はいっさい認められず、そのイメージを守るために私生活さえも管理されるという点では、アイドル以上の制約を受けている。これは世界的に見ても非常に珍しいミュージシャンのあり方といえるが、こうした特異な職業音楽家が成立し日常化してきた背景には、戦後日本の放送文化に特有の歴史的・文化的な条件があったと考えられる。
 うたのおねえさんは、1961年に放送が始まった幼児向けテレビ番組「うたのえほん」(1969年に「おかあさんといっしょ」へ統合)から生まれた。うたのおねえさんの原型となったのは1949年に放送開始した幼児向けラジオ番組「うたのおばさん」に出演する歌手だった。「うたのおばさん」は、アメリカのABC放送の番組「Singing Lady」をモデルにした番組であり、出演者による現地視察も行われた。占領軍としてやってきたアメリカは、戦後日本の放送文化の再編を強力に推し進めたが、「うたのおばさん」もまた一連の占領政策との関係のなかで誕生したものだったといえる。
 「うたのおばさん」に対して、うたのおねえさんは、NHKが独自に作り出したキャラクターであり、特にテレビというメディアの特性に合わせて考案されたものだった。眞理氏によれば、うたのおねえさんは、従来は耳だけで聴いていた子どもの歌を視覚的にしよう、リズムや体操といった視覚的な要素を重視しようという要請のなかで作られた。新しい視覚技術にも挑み、クロマキー合成なども積極的に導入した。また、「おばさん」や「おかあさん」という名称は他番組で使われているため、テレビ番組「うたのえほん」独自の呼称として「おねえさん」が採用されたという。
 この「おねえさん」のイメージは、ディレクターの岡弘道のイニシアティブによって塑像された。茶の間のテレビの前にいる「普段着の3歳児」に向かって歌うのがうたのおねえさんの役目であり、その子どもの隣には母親が一緒にいることが想定されていた。高度経済成長期における急速なテレビの普及とマイホーム主義の流行のなかで、「うたのえほん」は人気番組となっていった。そのため、おねえさんのイメージを守るために厳しい監督下に置かれ、周囲から見られているのだから派手になってはいけない、屋台で食事をしてはならないなどと指示されていた。眞理氏は紅白歌合戦への出演を要望されるほどの人気を誇ったが、他番組への出演は認められず、連日届くファンレターも眞理氏のもとには届かないように管理されていた。
  以上のように、うたのおねえさんが誕生する背景には、占領期にアメリカの指導によってスタートした「うたのおばさん」という原型の存在、テレビという新たなメディアの視覚的な技術の特性、高度経済成長期におけるテレビの普及と子ども・家族の生活の変化といった戦後日本における放送文化の歴史的・文化的な条件があったと考えられる。

・2021年度助成「戦後日本における職業音楽家としての「うたのおねえさん」の誕生」

周東 美材 氏プロフィール
早稲田大学第一文学部卒業、東京大学大学院学際情報学府修了、博士(社会情報学)。現在、学習院大学法学部教授。専攻は社会学、ポピュラー音楽研究。著書に『童謡の近代――メディアの変容と子ども文化』(岩波現代全書、2015年、第46回日本童謡賞・特別賞、第40回日本児童文学学会奨励賞)、『「未熟さ」の系譜――宝塚からジャニーズまで』(新潮選書、2022年)、『吉見俊哉論――社会学とメディア論の可能性』(共編、人文書院、2023年)など。