HBF 公益財団法人 放送文化基金

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助成

2019年研究報告会を開催しました。

放送文化基金は、これまでに助成したプロジェクトの成果を発表する場として、
助成金贈呈式とあわせて研究報告会を開催しています。

 放送文化基金の2018年度の助成対象が決まり、2019年3月5日、ホテルルポール麹町(東京都千代田区)で助成金贈呈式が開催されました。

 贈呈式は第一部として研究報告会、第二部に助成金目録の贈呈、そして懇親会という構成で行なわれました。第一部の研究報告会では、技術開発部門で平成28年度に助成した九州大学 稲盛フロンティア研究センター/大学院工学府物質創造工学専攻の安田琢麿教授が、『次世代ディスプレイへの応用を指向した高性能有機LEDの研究開発』のテーマで発表を行い、人文社会・文化部門からは、平成28年度に助成した上智大学総合グローバル学部の前嶋和弘教授が、『アメリカ公共ラジオ「NPR」の研究:質の高い政治情報への希求とその課題』というテーマで発表を行いました。報告会には約90名が参加し、質疑応答の時間にも活発な意見交換が行われました。

報告① 技術開発部門(平成28年度助成)

『次世代ディスプレイへの応用を指向した高性能有機LEDの研究開発』
九州大学稲盛フロンティア研究センター 教授 安田 琢麿

 有機エレクトロニクス分野は世界規模で飛躍的に発展している。有機ELディスプレイは実用化の時代に入り、有機トランジスタや有機太陽電池なども実用化への道を歩もうとしている。次世代のフラットパネルディスプレイや照明への展開が期待される有機発光ダイオード(有機LED)技術において、優れた有機発光材料はその中核を担う重要な機能材料である。これまで 有機LEDの発光効率の向上に向けて、様々な蛍光材料やリン光材料が開発されてきた。蛍光発光は励起一重項状態からの放射遷移であり、リン光発光は励起三重項状態からの放射遷移に対応する。従来の有機LEDでは励起一重項状態からの蛍光のみを発光に利用しており、電流励起により必然的に生成する多くの三重項励起子を熱失活させており、低い発光量子効率に留まっていた。従って、より高効率な有機LEDの実現にはリン光材料の使用が不可欠とされてきた。実際、室温リン光材料を有機LEDの発光中心に用いることで、電流励起下で100%に近い内部発光量子効率が得られている。しかし、このようなリン光材料においては、励起三重項状態から基底状態への遷移過程を許容にするためにイリジウムや白金などを含有させてスピン−軌道相互作用を誘起する必要があり、希少金属元素の高価格や偏在性の問題点に加え、その設計にも依然大きな制限があった。
 上述の背景の下、本研究では新しい切り口から有機LEDの高効率化を指向し、レアメタルを全く使用せずに純粋な有機分子から高効率な電界発光を実現する新たな手法として、熱活性化遅延蛍光の活用を試みた。本技術は、励起一重項準位と三重項準位をエネルギー的に近接させて未利用の三重項励起子を一重項励起子へと変換して遅延蛍光として発光に寄与させる革新的な発光機構である。量子化学計算による精密な材料設計により、炭素・水素・窒素・酸素などのありふれたユビキタス元素のみから構成される高効率な有機熱活性化遅延蛍光材料を多数創出することができた。
 そのような中で、特に青色有機LEDはフルカラーディスプレイには欠くことのできないキーテクノロジーとして期待されている。本質的に大きなバンドギャップエネルギーを有するため、高性能で高耐久な青色有機発光材料・デバイスの開発は困難であり喫緊の課題でもある。材料スクリーニングを通して、高効率遅延蛍光を発現する新たな青色有機発光材料の開発に成功している。これらの新規材料を用いた青色有機LEDは、最高レベルの内部量子効率100%、外部量子効率20%を達成し、素子に注入した電荷をほぼ100%の量子効率でフォトンに変換できる発光デバイスであることを実証した。
 有機発光材料は無限とも言える多彩な分子構造のデザインが可能であり、さらなる高性能、多機能、高耐久な材料の創出が期待される。今後、これらの新技術がパラダイムシフトを生み、ディスプレイや照明などの多様な有機LEDの応用分野に大きなインパクトを与えるとともに、有機エレクトロニクス分野の発展に寄与すること期待している。


・平成28年度助成研究テーマ
 「次世代ディスプレイへの応用を指向した高性能青色有機LEDの開発」

プロフィール
2005年東京工業大学大学院博士課程修了(博士(工学))。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院工学系研究科・助教(2008年~)、九州大学大学院工学研究院・准教授(2010年~)などを経て、2014年より現職。専門は、機能有機材料化学、有機エレクトロニクス。

報告② 人文社会・文化部門(平成28年度助成)

『アメリカ公共ラジオ「NPR」の研究:質の高い政治情報への希求とその課題』
上智大学総合グローバル学部 教授 前嶋 和弘
 

 アメリカ公共ラジオ「NPR(National Public Radio)」の現状を振り返り、今後の課題を考えたい。CATVの 24 時間ニュースやインターネットなどの各種政治情報があふれる中、過去 20 年の間、NPRは生き残っただけではなく、情報の質や客観性が高く評価される一方で、財政的にも強固になっていった。
 NPRとは1971年にスタートしたアメリカの公共放送であり、ワシントンに本部はあるが、実際には全米の900以上(2019年1月現在で947)の各地域の公共放送の緩やかなネットワークである。番組制作にもそれが現れている。NPR本部が制作する番組(『Morning Edition』や『All Thing Considered』など)は冠番組としてほとんどの局が流しているが、これに加えて、各地の公共放送局が拠出した番組制作団体American Public Mediaの『Marketplace』など、主要局が制作する番組『Fresh Air』(フィラデルフィアのWHYY)や『Here & Now』(ボストンのWBUR)、『The Diane Rehm Show』(ワシントンのアメリカン大学の放送局WAMU、2016年末終了)などの人気番組もそれぞれの局が制作し、シンジケーション形式で全米に販売されている。放送は現在、FMが中心だが、AMも提供、衛星ラジオ(シリウスXM)での放送もある。
 NPRといえばかつては財源がなく1970年代から80年代にかけては連邦政府が歳出する公共放送(テレビのPBSを含む)用の非営利公社CPB(Corporation for Public Broadcasting)や州や郡・市などの地方自治体に依存した経営体質だった。受信料制度はないが、「プレッジ(pledge)」と呼ばれる聴取者からの寄付も財源の一つとなっているが、かつては大きいとは言えなかった。
 しかし、この体質に大きなメスが入る。財政保守(「小さな政府」)を訴え、1994年の中間選挙で大勝利した共和党が選挙後の第104議会(1995-1997)でCPBに対する歳出カットを主張したことで大きく流れが変わる。ギングリッチ下院議長は公共放送の必要性を強く否定したが、上院側からは反発があり、結局、CPBに対する予算はほとんど変わらなかった。しかし、現在の分極化に至るという意味で大きな意味を持つこの選挙の結果から、政治に翻弄される可能性が一気に表面化した。
 その後、NPR各局は歳入の多角化を急ぐ形となり、上述のように他の加盟局などへのシンジケーションに力を入れざるを得なくなった。また、助成や寄付に力点を置き、それまではほとんど認めなかった広告の代わりに「アンダーライティング」という番組スポンサー名の明示も容認した(企業名ともに企業のキャッチフレーズも伝えるため、ほぼ広告に相当する)。一連の改革の中、「より良い番組を作れば売れるし、さらには寄付・アンダーライティングも増える。さらにその分の増えた歳入でさらに番組制作に力を入れることができる」という好循環が作られていった。
 さらに、ラジオだけでなく、インターネットでの主要番組のストリーミング、ポッドキャスト、アーカイブ化にも全面的に力を入れ、オンライン上での露出が圧倒的に増えていった。NPRによると「すべてのプラットフォームを足すと月100万人の聴取者」がおり、「月4000万のウエブアクセス」があり、「月2000万以上のポッドキャストダウンロード」であるという。様々な経営の多様化でほぼ政府に頼らない局も生まれるようになり、現在は連邦政府からは全体の2%となっている。
 ただ、NPRには様々な課題もある。例えば力を入れてきた助成については、大手のファストフードチェーン関連の助成団体から多額の献金があるように民間スポンサーに頼る部分も大きくなっているため、どうしても透明性の問題が出てしまう。また、2008年のいわゆる「リーマンショック(Great Recession of 2008)」の影響で、企業からのアンダーライティングが急減するなど、公共放送だが、景気に大きな影響を受けてしまうこともある。
 さらに、政治的分極化の影響での「リベラル」「反イスラエル」というレッテルが張られることも多くなった。特に、聴取層がどうしてもエリート層に集中しているため「リベラル派で、しかもエリート層」向けの番組制作だと取材対象からも思われがちである。例えば、ここ数年、トランプ支援で大きな注目を集めた白人ブルーカラー層は聴取層であるとはいえない(ただ、『All Things Considered』などの看板番組では頻繁にプアホワイトの問題を取り上げている。また、保守的な政治活動の現状も頻繁に取り上げるなど、政治的なバランスをとる努力はかなり意識的に行われている)。
 このレッテルもあり、トランプ政権からは目の敵にされている傾向がある。2019会計年度(2018年10月から2019年9月)ではCPRの予算を4億5000万ドルから何と97%減の1500万ドルまで削減する政権案が話題となった。ただ、議会側の反対もあり、予算は現状維持となったが、今後も同じような圧力がかかる可能性はある。


・平成28年度助成研究テーマ
 「アメリカ公共ラジオ『NPR』の研究:質の高い政治情報への希求とその課題」

プロフィール
専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。おもな著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『オバマ後のアメリカ政治』(共編著、東信堂、2014年)、『Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea,and taiwan』(co-edited, Palgrave,2017)など。