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語りに耳をすます |
NHK報道局社会番組部 ディレクター 池本 端 |
番組を作る時、心掛けていることがある。「語りに耳をすます」ことだ。取材ではよく、聞きたい話しか聞いていない…となりがちだ。取材テーマから逸れる話、矛盾する話…。しかしその中に、相手が本当に語りたいこと、大事なテーマが潜んでいることがある。
必死に働いてもギリギリの生活から抜け出せない人たちを見つめた『ワーキングプアII』。昼夜仕事を掛け持ちし、睡眠を4時間に削って働く母子家庭の母親を取材した。雑談で彼女がふと漏らした「子供に十分な愛情を注げているのか不安で…」という一言が引っ掛かった。毎日数時間しか子供といてやれない自責の念、それでも子供のためには働かなくてはならない現実…。大きな葛藤を抱えながらの生活なのだと気付いた。「生活苦」だけでなく「家族」を見つめることが、番組全体の「裏テーマ」となっていった。
証言によって地上戦の真実を明らかにしようとした『沖縄 よみがえる戦場』。集団自決で一人息子を失ったおばぁが、インタビューの最後につぶやいた一言に絶句した。「本当は話したくない。話しても戦争は当たったもんにしか分からんでしょ…」。おばぁは自らの体験を家族にも話さず、一人心に秘めてきたことを知った。「語られなかったことの重さ―歳月では癒されない戦争の傷」。私たちは新たな「裏テーマ」を追うことになった。
取材過程で見つけた「裏テーマ」は、時に番組の主テーマと衝突する。例えば、証言が軸の番組『沖縄〜』は、「話したくない」という「裏テーマ」も追ったことで、入口と出口が違う番組になった。しかし、たとえ番組がうねったとしても、その人が“本当”に語っていることに耳をすます―現場で人と向き合って感じたことを伝えるのがドキュメンタリーだと思う。 |
<略 歴>
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池本 端 (NHK報道局社会番組部 ディレクター) |
1991年NHK入局。ディレクターとして和歌山や福岡放送局勤務を経て現職。作品に『沖縄 よみがえる戦場〜読谷村民2500人が語る地上戦〜』(05年/放送文化基金賞番組賞)、『ワーキングプアII〜努力すれば抜け出せますか〜』(06年/放送文化基金賞優秀賞、新聞協会賞)、『ワーキングプアIII〜解決への道〜』(07年)、『あなたは死刑を言い渡せますか〜ドキュメント 裁判員法廷〜』(08年)など。 |
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