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放映権は誰が買うのか|買い手が競い合う韓国(前編)

JTBCの経営危機とユニバーサルアクセス権の今

大井義洋(早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授)

ソウルのJTBC社屋(撮影:編集部)

スポーツの大きな大会を、誰もが無料で見られる。その環境は、誰が支えているのか。大井義洋さんが、韓国と中国での現地取材をもとに、2回にわたって読み解く。前編は、放映権をめぐって買い手が競い合う韓国を取り上げる。

2026年FIFAワールドカップが開幕してまもない6月15日、韓国から驚きのニュースが届いた。この大会を韓国で中継している放送局JTBCが、裁判所に回生手続の開始を申請したのである。日本でいえば会社更生法の適用申請にあたる。裁判所は8月28日、手続の開始を決定した。

JTBCは新聞社を母体とするグループの放送局で、ケーブルテレビやIPTVを通じて全国に届く「総合編成チャンネル」のひとつである。韓国では、テレビは地上波も含めてこうした有料放送を通じて見るのが一般的である。ケーブルテレビの安いプランなら月数千ウォン(日本円で数百円)で、JTBCも映る。日本でも配信で人気を集めた『梨泰院クラス』や『SKYキャッスル』を放送した局といえば、思い当たる人もいるだろう。

同局は2019年に2026年から2032年までのオリンピック、2024年には2026年・2030年のFIFAワールドカップの韓国内放映権を、いずれも単独で手に入れた。投じた額は合わせて約5億ドルと伝えられる。

経営が行き詰まった理由はひとつではない。テレビ広告市場の縮小があり、グループ全体が抱えた負債もある。しかし引き金を引いたのは、この放映権だった。裁判所も、オリンピック放映権料の支払いによる短期間の多額の支出を、原因のひとつに挙げている。回収できる見込みを超える額で買い、想定した値段では売れなかったのである。

再販売という誤算

韓国ではかつて、KBS、MBC、SBSの地上波3社が「コリアンプール」と呼ばれる連合を組み、放映権を共同で買っていた。買い手がまとまって価格を抑える仕組みで、日本のジャパンコンソーシアムに近い。ただ、この結束は以前から崩れていた。2006年にはSBSがこの連合を離れてオリンピックとFIFAワールドカップの権利を単独で獲得し、2010年のバンクーバー冬季オリンピックと2010年FIFAワールドカップを独占中継している。その後も崩壊と修復が繰り返された。JTBCの独占は、その延長線上にある。違うのは、初めて地上波以外の局が買い手になったことである。

総合編成チャンネルは、他局との差別化を狙ってオリンピックやFIFAワールドカップといった大型大会の放映権獲得に乗り出し、買い手どうしの競争が放映権料を押し上げてきた。もっともJTBCも、自社だけで中継するつもりで買ったわけではない。同局の目論見は、買った権利を地上波や配信事業者に再販売して費用を回収することだった。総合編成チャンネル一局で中継しても、広告収入には限りがあるからだ。

ところが地上波は応じなかった。最初の舞台は、今年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックである。交渉はまとまらず、韓国で初めて地上波の中継がないオリンピックになった。JTBCが単独で中継した開会式の視聴率はニールセンコリアの調べで1.8%にとどまり、2022年の北京大会で地上波3社が記録した合計18%の10分の1だった。韓国選手の出る競技が放送されない場面もあり、視聴者の不満は一気に政治問題となった。李在明大統領も2月の国務会議で制度の改善に言及している。

続く2026年FIFAワールドカップでも、交渉は難航した。JTBCは今大会の権利を1.25億ドル(3月の公表時のレートで約1,870億ウォン)で取得しており、これを地上波3局に各250億ウォンで売ろうとした。その値段で買えば200億ウォン以上の赤字になる、という地上波幹部の声も報じられた。3月末の交渉では、地上波側の提示は100億〜130億ウォンにとどまったと伝えられる。JTBCは最終的に約140億ウォンまで値を下げたと伝えられ、これに応じたのはKBSだけだった。MBCとSBSは120億ウォン以上は出せないとして降り、中継はJTBCとKBSの共同になった。もっとも現地で聞くと、KBSが応じたのは商談がまとまったというより、政府から公共放送であるKBSへの中継の要請があった結果だという。

「全世帯の90%」の盲点

押さえておきたいのは、JTBCの中継自体が法律に違反していなかったことである。韓国では2005年、スポーツマーケティング会社がアジアサッカー連盟(AFC)主催試合の放映権を独占し、翌年、サッカー韓国代表の試合がケーブルテレビのスポーツチャンネルでしか中継されなかった。これをきっかけに、2007年、放送法に「普遍的視聴権(ユニバーサルアクセス権)」が定められた。この制度は、オリンピックとFIFAワールドカップについて、全世帯の90%以上が視聴できる放送手段の確保を事業者に求めている。

ただし、この「視聴できる」には有料放送の加入世帯が含まれる。韓国では2025年の調査で、有料放送に加入する世帯が91.4%に達し、アンテナで地上波だけを受信する世帯は3.5%、およそ80万〜85万世帯にすぎない。残る約5%は、テレビを持たない世帯である。JTBCは基準を満たしており、規制当局にも止める手立てがなかった。

韓国の世帯のテレビ受信形態(放送メディア通信委員会「2025年放送媒体利用行態調査」をもとに編集部作成)

制度が問うていたのは「全世帯の90%以上に届いているか」であって、地上波で放送されるかどうかではなかった。有料放送が9割を超える世帯に行きわたった韓国では、総合編成チャンネルは地上波と同じように誰もが見られるチャンネルと受けとめられている。権利を買うのが地上波であるあいだは、この点が問われることもなかった。総合編成チャンネルが地上波と同じ条件を満たす以上、買い手が地上波の外に広がるのを、この制度は止められず、放映権料の高騰を抑える歯止めにもならなかった。

後追いの法改正

3月、与党「共に民主党」のキム・ヒョン議員が放送法の改正案を提出した。柱は二つあった。到達率の基準を、テレビを持つ世帯の95%に引き上げること、そしてKBSやMBCといった公共性の高い放送による生中継を義務づけることである。

前者に対する現地の放送関係者の評価は冷ややかだった。総合編成チャンネルにはすでにJTBCをはじめ95%を超えているものもあり、数字を上げても何も変わらない、というのである。

議論の中心は後者に移った。科学技術情報放送通信委員会でまとまった案には、次の規定が盛り込まれた。「重大な国民的関心行事は、全国単位で放送する地上波テレビ放送事業者1社以上(当該事業者が運営するオンライン動画サービスを含む)によるリアルタイム中継を含まなければならない」。今回の改正案で最も重要な点である。重大な国民的関心行事には、オリンピックとFIFAワールドカップが想定されている。現行制度が問うてこなかった「地上波で放送されるかどうか」を、正面から義務にしたのである。あわせて改正案は、「普遍的放送手段」を、追加費用の負担なくリアルタイムで視聴できる放送手段と定義した。

すると野党から思わぬ批判が出た。これではJTBCが放映権を高く売ることを法律が保障してしまう、というのである。地上波の側も、赤字を承知で買わされることを警戒した。視聴者のための制度が、権利を持つ側を助けかねない。

さらに法務部(日本の法務省にあたる)が、すでに結ばれた契約に新しい義務を課すのは遡及立法にあたり、違憲のおそれがあると指摘した。法案は夏のあいだ止まった。9月になって、中継義務は「法の施行後に結ばれる契約」から適用すると修正され、法制司法委員会を通過した。10月初旬の時点で、残るは本会議である。

この修正の意味は大きい。JTBCがすでに取得した2032年までの権利は、中継義務の対象から外れる。JTBCの独占中継をきっかけに作られた中継義務が、そのJTBCの契約には適用されないのである。

誰も手放しでは喜ばない

8月下旬、筆者はソウルで放送とスポーツの関係者に話を聞いた。印象に残ったのは、話を聞いた関係者が誰も、新しい制度を手放しでは歓迎していないことだった。

地上波の関係者は、放映権を買うことも、編成に組み込んで放送することも、負担が重すぎると語った。現行制度はオリンピック、FIFAワールドカップ、WBCからサッカー代表の親善試合まで6つの区分を対象にしている。オリンピックとFIFAワールドカップだけで十分ではないか、という。広告収入が細るなか、公共性の名のもとに赤字の中継を引き受ける余力は、地上波にも残っていない。

スポーツ団体の側の本音は、さらに率直だった。かつて試合の中継映像を制作できるのは地上波だけだった。いまは団体が自前で制作でき、制作機能を持っていなかった総合編成チャンネルにも売れる。放映権料は、地上波だけが相手だった時代より格段に上がった。地上波に有利な制度ができて放映権料が下がるなら大問題だ、というのである。

もうひとつ、立場を問わず語られたのが配信である。「いまの時代は配信も含めて考えるべきだ」。FIFAワールドカップの配信権を得たNAVERは、韓国戦を無料で流したものの画質は低く抑え、高画質の映像と他国の試合は有料会員向けとした。改正案は追加費用の負担なく視聴できることを求めるが、画質や見られる試合に差をつける配信がそれに当たるのか。判断の基準はまだない。

現在、地上波、総合編成チャンネル、配信事業者を加えた新しいコリアンプールをつくる構想が、国とのあいだで協議されているという。ただ、こんな声も聞いた。買い手がまとまったとして、IOCやFIFAが金額面でどう応じるのか。政府も議員も、そこまでは考えていない、と。

法令の手前にある問い

韓国で起きたことを一言でいえば、買い手どうしの競争が価格を押し上げ、高値で権利を得た放送局が経営に行き詰まった、ということになる。回生手続のなかで、JTBCが持つ2032年までの権利がどうなるのかは、まだ見通せない。法改正は後追いで進んだが、新たな中継義務は、発端となったJTBCの契約には及ばない。普遍的視聴権という制度は、権利を買うのは地上波だということを、暗黙の前提にしていたのである。

韓国の場合、ユニバーサルアクセス権の議論は、どの大会を指定するか、全世帯の何%に届かせるかという法令の話になりやすい。だが韓国の経験が示すのは、その手前にある問いの重さである。誰が買い、誰が払い、損が出たら誰が引き受けるのか。

では、オリンピックやFIFAワールドカップの買い手が、はじめから一社に決まっている国ではどうか。後編では中国を考察し、日本への問いにつなげる。

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プロフィール

大井義洋(おおいよしひろ)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
慶應義塾大学卒業、中央大学大学院戦略経営研究科ビジネス科学専攻修了(経営管理博士)、ケロッグ経営大学院EDP修了。株式会社電通サッカー事業室長、スポーツビジネスソリューション局チーフ・ディレクターを歴任し、2025年より現職。専門はスポーツ経営戦略、スポーツメディア。
電通での数々の国内外のスポーツ放映権交渉の経験を経て、スポーツの視聴環境をめぐる制度的な問いを研究テーマに据えた。


大井義洋さんは放送文化基金2025年度人文社会部門の助成を受け、2026年4月から「ユニバーサルアクセス権の国際制度比較と日本への適用可能性」の研究を実施中です。

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