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テレビの暴力シーンを計量化する 
       ─内容分析研究で何が分かったか─
お茶の水女子大学 教授 坂元 章

●テレビ番組の内容分析とは何か
 テレビ番組を研究する手法の1つとして内容分析がある。これは、テレビ番組が提示している情報やメッセージの1つ1つを分類したり、評価したりすることによって、テレビ番組が映し出しているものを「定量的に」把握しようとするものである。例えば、1つの番組について視聴者は何回の暴力シーンに遭遇しているか、あるいは、女性が仕事を持つ人として描かれている番組が全体の何%であり、逆に仕事を持たない人として描かれているのが何%であるかなどは、内容分析研究によって答えられる問いである。

●米国テレビ暴力研究(NTVS)
 これまでにさまざまな内容分析が行われてきたが、暴力シーンに関する研究も少なからず行われてきた。代表的なものとして、カリフォルニア大学サンタバーバラ校など4つの大学の研究者が核となって行われた米国テレビ暴力研究(NTVS;National Television Violence Study)がある。
 米国テレビ暴力研究は、1990年代半ばの3年程度の期間に実施された、非常に大規模な研究であり、その特徴として、単に暴力シーンが何回あったかということではなく、それがどのような「文脈」で行われたかということを重視している。例えば、暴力シーンがあっても、加害者が罰せられ、否定的に描かれれば、暴力性に対する影響は弱まると考えられる。そうした文脈を十分に評価しなければならないということである。そのため、1つ1つの暴力行為に関する分析だけでなく、セグメント単位の分析や、番組全体を評価する分析も行っている。表1に分析項目を示す。なお、セグメントとは、同一場面を描いている一続きのシーンであり、場面の転換ごとにそれぞれのセグメントが区分される。
 分析の結果、以下のことが示された。(1)フィクション番組の60%に暴力シーンがあり、毎日2時間テレビを見る人は、1年間で10,000回の暴力シーンに遭遇し、悪影響の危険性が高い暴力シーンに限っても500回遭遇することになる。危険なシーンとは、暴力がリアルで正当化されており、さらに加害者が罰せられていないなどの特徴を持つシーンであり、それはとくにアニメで多かった。(2)加害者の40%は魅力的な人物であり、また、暴力の71%には良心の呵責、批判、罰が伴っておらず、暴力が美化されている。(3)半分の暴力シーンで身体的被害や苦痛が描かれておらず、長期にわたる被害が描かれたものは20%以下であり、暴力の好ましくない部分が削除されている。これらのことなどから、米国テレビ暴力研究では、当時の米国のテレビ番組には暴力性に対する悪影響をもたらしやすい特徴があることが指摘された。

●NTVSの方法を日本のテレビ番組に適応
 われわれの研究チームは、2003年に放送文化基金および日本学術振興会から助成を得て、この米国テレビ暴力研究の方法を、日本のテレビ番組に適用する研究を行った。2003年1月14〜20日に放送された地上波7チャンネルの番組をすべて録画し、その中から無作為に1日40時間分を抜き出し、さらに、ドラマ、バラエティ、アニメ、映画、子ども向け番組のジャンルに入る86番組(65時間14分)を分析対象とした。
 米国テレビ暴力研究の分析方法を正確に理解するために、研究チームの一名はカリフォルニア大学サンタバーバラ校に3週間滞在し、米国テレビ暴力研究のメンバーから長時間の指導を受けるとともに、米国テレビ暴力研究の分析マニュアルを翻訳した。分析マニュアルは大部のものであり、翻訳された日本版は10,000字を大きく越えるものとなった。そのマニュアルに基づいて35名のコーダーに対し20時間にわたる訓練を行い、個々の番組について分析させた。多岐にわたる知見が得られたが、例えば、次のようなものがある。

●日本のテレビ番組の問題性
(A)番組の68%に暴力シーンが見られており、1時間あたりの暴力行為数は、アニメでもっとも多く、次いでバラエティ、ドラマ、映画であった。子ども向け番組でもっとも少なかった(表2)。なお、米国では暴力シーンのある番組の比率は60%であった。
(B)暴力行為に対して、セグメントの中で罰が与えられたものは15%に過ぎず、米国の場合(27%)よりも少なかった。番組の最後までに暴力に対する罰が与えられた番組は大幅に増えるが、それについても米国の場合より少なかった。罰が与えられない暴力のシーンは、暴力性に対する悪影響を促すと考えられる。
(C)アニメでは、善人が暴力をふるう場合が48%あり、この数値は多いと言えるかもしれない。登場人物が魅力的であると、その暴力の影響力は強まると考えられる。
 以上の3点は、日本のテレビ番組が持っている、悪影響を懸念させる特徴であると捉えられるが、一方、以下の2点の特徴は、悪影響の懸念を弱めるものである。

●日本のテレビ番組の悪影響抑制要因
(D)加害者が暴力をふるう理由として、生命の保護(11%)、報復(5%)のように暴力を正当化するものが少なく、怒り(30%)、個人的利益の追求(24%)のように正当化しないものが多かった。暴力の正当化は、悪影響を強めると考えられ、その点では、日本の番組は懸念の少ないものと言える。なお、米国では、生命の保護(24%)が多いなど、暴力の正当化がより強い。
(E)暴力の方法について、身体的手段を使うものが50%あったのに対し、拳銃など小火器を使うものは14%と少なかった。一方、米国では小火器の使用が25%と多くなっていった。武器の使用は、悪影響を強めると言われており、日本の番組ではその問題は小さいように見える。

●研究のその後の展開
 われわれは、放送文化基金で助成された2003年の暴力に関する研究の後も、それを拡大させながら研究を続けている。例えば、人助けや人のためになる行為は向社会的行為と呼ばれるが、暴力行為とともに、向社会的行為の分析も行っている(表2)。また、2004年と2005年の番組も分析して年次変化を検討するとともに、フィクション番組だけでなく、ニュースとコマーシャルにも分析対象を拡大しつつある。さらに、テレビゲームのソフトウェアの分析も行い、テレビ番組と比較しようとしている。放送文化基金の助成はこれらの研究の基盤となり、足がかりとなった部分を支援していただいたものであり、今後、これらの拡大された研究において成果を挙げ、いただいたご支援の価値がますます高まるようにできればと考えている。貴重な助成に対し厚くお礼申し上げたい。
〈共同研究者〉
鈴木佳苗(筑波大学講師)、佐渡真紀子(お茶の水女子大学研究員)、長谷川真里(お茶の水女子大学研究員)、堀内由樹子(お茶の水女子大学大学院博士前期課程学生)

2005年11月掲載

平成14年度助成
「テレビ番組の暴力描写に関する内容分析
  −視聴者への影響可能性とその対策に向けて−」