米国の地上放送デジタル化は、「真の意味で国家的なプロジェクトである」。2001年のブッシュ共和党政権発足と同時に、米国放送政策を履行・推進する連邦通信委員会(FCC)委員長に指名されたマイケル・パウエル委員長(前パウエル国務長官の長男)は、放送のデジタル化に携わる関係者すべてを巻き込むことにより、それまで停滞していたアナログ放送からデジタル放送への転換に国をあげて取り組む姿勢を明確に示した。連邦議会が設定したタイムリミット、つまり地上波デジタル化の完了期限は2006年である。
現在のアナログ放送をデジタル放送に全面移行させることが1996年に改定された通信法の中で明記され、1998年に本格着手された。それから7年が経過した2005年、全米はほぼ100パーセントがデジタル放送電波でカバーされるようになった。このペースなら2006年を待たなくとも、この国家的なプロジェクトは完了できると誰もが思うに違いないが、実は悩ましい状態が続いている。これまで自宅のアナログ放送受信用テレビでニュース、ドラマ、スポーツなどを楽しんでいた視聴者たちは、デジタルテレビへ積極的に近づこうとしていない。デジタル放送を受信できるテレビを持つ家庭は全体の3パーセント程度であり、今のアナログ放送が2006年のある日、突然、みられなくなることについて米国視聴者の大部分は心の準備ができていない。
本助成研究は、米国の地上波デジタル化が本格スタートした1998年(平成10年度)に採択された第一回目の「地上波デジタル化」研究を集大成するものとして位置づけられた。調査の中心は、連邦通信委員会行政官、放送関連業界、家電業界などへの訪問聞き取り調査で、デジタル放送への取り組みに対する異なる思惑が、デジタル放送の完了に向けた流れを妨げていることがわかってきた。
ワシントンDCに本部を置く連邦通信委員会では、国全体の実情がリアルに見えていない中でデジタル放送を推進・普及させようとする傾向があり、放送現場との乖離がみられる。家電業界はデジタル放送を受信できるチューナー内蔵テレビの量産体制を整えようとしているが、いまだに安価なアナログテレビを買いたいという消費者が多いことに頭を痛めている。20インチ程度で1700ドル(日本円で18万円程度)のデジタルテレビを買いたい人は少なく、生産計画を確定することにためらいがある。放送業界は、地上放送のデジタル化が歴史的な一大プロジェクトであることを了解し、デジタル放送用設備建設のため、特別に予算を割いてことにあたってきた。現在は、9割を越える局がデジタル放送電波を出せるようになり、アナログ放送と併せて2つのチャンネルを運営しているが、一般視聴家庭でのデジタル放送普及がもたつき、先行して行なったデジタル化投資を回収できないとういうジレンマに陥っている。議会では、すでに決定した2006年の完了期限を守ることにこだわっており、これを実現するのであればデジタル放送受信が不可能な低所得層などに補助を出すなどの措置を講じなければならないとの意見も出ている。第2期ブッシュ政権の誕生とともに、これまで積極的な旗振り役だったパウエルFCC委員長が辞任を発表した。先行きがみえないまま、この国家的なプロジェクトは迷走をはじめるのか。それともさらに強力な締め付けにより設定期限どおり完了できるのか。不透明な状況は続く。この事態は、本研究開始の時点ではまったく予想不可能であった。日本は米国と違った放送事情を抱えており、米国の問題点がそのまま参考になるとは言えないが、政策履行過程の中からみえてきた、日米共通の留意事項から大いに学べる点がある。これについては今年夏に東京都内で研究成果発表の機会を与えていただけるとのことであり、この際、詳しく紹介したい。放送文化基金関係者に、深く御礼申し上げたい。 |