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日米のノンフィクション系制作者たちは警告する
〜デジタル制作時代には倫理感(MORAL)が欠かせない〜
東京工科大学メディア学部 教授 安間 総介

1. 変化するドキュメンタリーの定義と概念
 デジタル制作時代になると、テレビ番組の半分を占めるノンフィクション系(広義のドキュメンタリー)の番組制作にどんな変化が起きるのか?東京工科大学メディア学部の“デジタル演出プロジェクト”は日本、中国、アメリカ(カナダも含む)、イギリス、オーストラリアの著名なドキュメンタリー制作者を対象に国際比較調査を実施している。デジタル時代になると日本のテレビ番組は、上述した諸国との国際交流が増加すると考えられるからである。今回は北米の調査結果の一部を日本のそれと比較して報告する。
 “制作者の間に、テレビドキュメンタリーの明確な定義があると思いますか?”という問いに対して、日米双方とも“ない”が75%で予想されたものであった。なぜなら、‘93年にNHK放送文化研究所が実施した海外調査“ドキュメンタリー制作の倫理”(筆者が座長)でも同じような回答があったからである。しかし、“あなたご自身のテレビドキュメンタリーの定義はありますか?”という問いに対して図−1のような答えが返ってきたのには驚いた。なかでも、“ない”という回答が58%と、アメリカの制作者の半分以上をしめた。


 ‘93年のNHKの調査では、一般的な定義はないが“自分自身の定義(概念)はある”と北米の制作者全員が答えていたからである。この顕著な相違は、ドキュメンタリーに新たなジャンルが生まれたからなのか、それともこの10年余の間に北米がいち早くデジタル制作に移行したことと関係があるのではなかろうか?私達は近年、欧米で盛んになったReality番組といわれる新しいドキュメンタリーのビデオを取寄せて分析を始めている。

2. デジタル制作時代の光と影
 デジタル制作時代になるとノンフィクション系番組の品質やスタイルにどのような変化が起きるのだろうか?アメリカの制作者たちは“合成映像が増え”、“字幕やグラフィックのデザインが多様化し”、“カットとカットの編集に特殊効果が増え”、“映像のテンポが速くなる”と考えている。日本の制作者の回答もほぼ同じ傾向を示している。


 こうしたスタイルに与える影響は、図−2のように構成の多様化を促し、番組の品質の向上に寄与するデジタル化の光の部分であろう。しかし、最も注目すべきことはデジタル制作の普及で“事実と創りものの見分けが難しくなり、捏造や‘やらせ’の問題が深刻になる”と考える制作者が日米双方とも意外なほど多かったことであろう。日本は26.3%で最も多く、アメリカは25.2%で2番目に多い。この問題はアナログ制作時代にも時おり表面化し、テレビへの信頼性をそこなってきた。いわゆる“やらせ”は過度の演出と捏造の二つに大別されるが、その多くは“より面白くするため”、“撮りなおしや、充分取材する時間がない”などの理由であった。近年、デジタル制作機器とソフトの低廉で映像加工が格段に容易になった。その上、ポストプロダクションのほとんどの工程を一人の制作者が密室で作業することが可能になり、それだけ“やらせ”の防壁が低くなった。日米双方の制作者のこの回答はデジタル制作時代への大いなる警鐘ではなかろうか。

3. 悪化する制作環境
 過度の演出と捏造の問題はデジタル時代がもたらす制作環境の変化が一層加速させる危険がある。
 “テレビ配信のデジタル化で多チャンネル化、高画質化、高機能化が進むとともに、制作機器がデジタル化し、ノンフィクション系番組の制作環境に変化が生じると考えられています。あなた自身、どのような制作環境の変化があると思いますか?”という問いに対して図−3のような回答を得た。


 多チャンネル化が先行しているアメリカの制作者は“国際共同制作や海外からの番組購入が増える‘反面’単位番組の制作スタッフが減り、制作スパンが短くなり、制作費が減って低価格番組が増える”と予測している。日本の制作者も制作環境の悪化について同じような心配をしている。BSのデジタル化が示すようにテレビの放送がアナログからデジタルに変わることでハイビジョンや双方向番組の制作で単位番組の制作費が増加し、チャンネル数が増え制作量が激増しても、日本国民が負担可能な総制作費は微増にとどまる。放送のデジタル化と総制作費の悲しい関係は世界共通なのであろう。
 こうしたデジタル配信に起因する制作環境の悪化を予感した日米の制作者たちは捏造や“やらせ”の危険を一層強く感じたのではなかろうか。

4. デジタル制作時代に必要な能力は?
 日米双方の制作者たちはデジタル配信・制作によって、かつて無かったような大きな変化が起こり得ると予感しているが、この時代で活躍する制作者にはどんな能力と資質が要求されるのだろうか?
 “デジタル制作時代のノンフィクション系番組制作者に必要な能力と資質は何ですか?”という問いに対して図−4のような回答があった。


 デジタル制作時代とはいえ、デジタル技術や機器に対する能力や技能の必要性は日米双方とも総じて低いのは、技術は表現のツールにすぎないという認識からだと思われる。日米間で最も相違があったのは“時代を読む能力”で、日本が2番目に多いのに対してアメリカの制作者は極めて少ない。これは、テレビドキュメンタリーがラジオの録音構成に端を発してジャーナリスティック性を重視する日本と映画から進化して作品性を重視するアメリカとの歴史的な相違に起因するところがあるのかも知れない。
 “倫理感(Moral)”がデジタル制作時代に欠かせない資質と考える制作者が日米それぞれに11.4%と13.1%いたのは注目に値する。アメリカの制作者は“倫理感(Moral)”の必要性を2番目にあげている。アナログ時代のこの種の調査ではあまりなかったことである。テレビ文化の発展に大きな役割を果たしてきた事実に基づいたノンフィクション系の番組の行く末に危惧を抱いているあらわれであろう。日米の制作者が最も必要な能力としてあげたのは“企画力と構成力”であった。なかでもアメリカの制作者のこの項目に対する回答が群を抜いて多い。これは何を意味するのだろうか。
 アナログ制作時代にも“企画力と構成力”はドキュメンタリーの制作に欠かせない能力と考えられてきた。この回答に対して「“企画力と構成力”の重要性はデジタル制作になっても変わらない」という一言でかたづけていいものなのだろうか。言葉は同じでも意味するところに相違は無いのだろうか。
 “単位番組の制作スタッフが減り、制作スパンが短くなり、制作費が減って低価格番組が増える”制作環境下で、“企画力と構成力”の欠如は番組制作費を上昇させ、プロダクションの赤字経営に直結する。“国際共同制作や海外からの番組購入が増える”時代に“企画力”は共同制作者を募り、番組の海外販売に欠かせない。“構成力”の欠如で、構成がたびたび変われば共同制作者は大混乱に陥るだろう。東京工科大学メディア学部の“デジタル演出プロジェクト”ではデジタル制作時代に最も必要とされる“企画力と構成力”の新たな意味を調査する計画を立てている。

2004年12月掲載

平成14年度助成
「デジタル制作時代におけるドキュメンタリー演出の許容限度の日米比較」
(代表研究者 東京工科大学メディア学部 教授 安間 総介)