1. 光・映像のバイオハザードとしての一面 |
光や映像は、我々人間の生活になくてはならないもので、人間社会に大きな福音をもたらしていることは間違いのない事実である。しかし、光にもバイオハザードとしての一面がある。光の一部である紫外線は殺菌作用もあるが、皮膚がんや美容上好ましくない皮膚変化をもたらすため、最近、女性にとって大きなバイオハザードと認識されるようになっているのはご存知であろう。光の皮膚へのバイオハザード効果は、大なり小なりすべての人間に関係し、非常にゆっくりとしたものである。一方、ポケモン事件で一躍有名になった、光の脳へのバイオハザード効果とも言える光感受性発作は、人口の1−数%を占める光感受性体質を有する人にのみ起こり、極短時間で決定される事象である。そのため、前者の皮膚への効果は、日常生活で軽い変化に気付いてからでも対策可能であるが、後者の脳への効果は、日常生活で光感受性体質があるとは気付けず、気付いたときには大きなインシデントとなってしまっている場合が多い。 |
2. 光感受性発作の今昔 |
テレビ放送は1939年にアメリカで始まり、テレビによる光感受性発作を初めて記載したのは、Livingston(1952)とされている。初期のテレビによる光感受性発作の多くは、受像機の不具合や、テレビ局側の不具合で映像が流れたり点滅したりすることによる、“技術不足による光感受性発作”とされている。1983年テレビゲームが発売され、すぐにテレビゲームによる“技術革新による光感受性発作”が報告されるようになった。1993年に英国でテレビゲーム中の少年が死亡したという報道が、バイオハザードとしてのテレビゲームの認識を世界に広げ、映像コンテンツと光感受性発作の関係への関心が、放送関係者・テレビゲーム産業界・研究者・政府関係などにおいて高まってきた。英国ではテレビコマーシャル映像による光感受性発作誘発を受けて、1994年にテレビ番組に対する安全化対策をまとめたITC
guideline(UK)が制定され、そして、1997年12月、ポケモン事件が日本で起こった。“デジタル映像技術革新によるアニメ点滅映像”が、同時に日本全体に配信されたことによるインシデントであった。 |
3. テレビ番組の安全化 |
ポケモン事件を受けて、「アニメーション等の映像手法に関するガイドライン」が1998年4月に策定され、主にテレビ番組の点滅映像に対する規制が始まった。日本の光感受性発作初発症例数を経年的に見てみると、ポケモン事件による症例を除いても1997−98年が最大で(図1)、1999年以降テレビ番組による初発例がかなり減少している(図2)。放送ガイドラインがテレビ番組による発作防止に有効であったと考えられる。 |
4. 映像安全化の視点 |
映像の流れは図3に示すように様々なリソースから主としてテレビディスプレーを介して人間にもたらされている。映像コンテンツ・ディスプレー・人間の各視点で映像安全化対策を考えてみたい。映像コンテンツに対する安全化では、佐川らが2004年12月、ISO
International Workshop on Image Safetyを開催し、International Workshop
Agreementとして、テレビ番組以外のテレビゲームやビデオ・DVDによる映像対策を進めようとしている。テレビディスプレーの安全化としては、高フレームレート化・適応型時間フィルターが検討されている。人間の視点では、視聴環境に関する教育的啓蒙、光学フィルター、抗てんかん薬服用などの安全化対策がある。 |
5. 薄型デジタルテレビの普及 |
近年、ブラウン管テレビ(CRT)に変わって、液晶テレビ(LCD)、プラズマテレビ(PDP)などの薄型デジタルテレビが、急速に普及してきている。この技術革新が光感受性にどのような影響を与えるのか?(図4)
。
CRTの赤色蛍光からの放射光は、627nmと706nm付近に二つの大きなピークを持っているが、長波長赤色光領域の706nmのピークが単一錐体刺激となるために、波長依存性の光感受性(Y
Takahashi et al. Epilepsia 1995; 36: 1084-8)を刺激し、自然光に比べてCRTは光感受性発作を起こしやすいと思われる(図4-4)。PDPやLCDではこの長波長赤色光の割合は少ないが、光量依存性の光感受性(Y
Takahashi et al. Neurology, 2001; 57: 1767-73)の関与も考慮する必要があり、3種類のディスプレー毎に、実際に色コントラスト光刺激(CCS,
Color contrast stimulation)による光突発脳波反応(PPR, pho-toparoxysmal
response)を比較した。
ディスプレーCCSにおいてPPRを呈した10症例は、9例がCRTで、6例がLCDで、8例がPDPでPPR誘発されており、CRTは輝度が低いにもかかわらず高率に光感受性者にPPRを誘発することが分かる。一方、LCDは輝度がCRTより高いにもかかわらず、PPR誘発の確率はCRTより低く、より安全かもしれない。CRTでPPR陽性の9例についてみてみると、3例はLCDにすると陰性、2例はPDPにすると陰性化し、ディスプレーを変えることでテレビ視聴が安全化できる可能性がある。今後症例を増やして、結論に至りたい。 |
6. 映像と発達脳 |
1999年アメリカ小児科学会は2歳以下の子供にテレビを見せないようにしようという勧告を出し、2004年の日本小児科学会では、“テレビがつくる言葉遅れ”という発表の中で、テレビやビデオの長時間視聴が仲間と遊べない子供を作っていると指摘している。テレビ視聴が、発達期の脳のバイオハザードとなっているのか?そのために少年犯罪、引きこもり、学力低下などの社会問題が起こっているのか?明確な答えはまだ得られていないようである。 |