11月はじめに宮城県南部の3市町の臨時災害放送局(以下、臨災局)を訪問しました。
東日本大震災の後、被災地の4県(岩手、宮城、福島、茨城)の市や町に合計29の臨災局が開設されました。
放送文化基金は今年6月の第38回放送文化基金賞の中で、この29の臨災局の活動に対し、特別賞を贈り表彰しました。
11月1日、当基金の塩野理事長、谷村専務理事、事務局から植松が、今も活動を続けている山元町、亘理町、岩沼市の3つの臨災局を訪問し、開局の経緯、現在の活動状況、今後の方向などを聞きました。
@やまもとさいがいFM(りんごラジオ)
場所 山元町役場の敷地内のプレハブ局
開局 平成23年3月21日 出力30W
局長 高橋厚さん
町民の高橋さん(元東北放送アナウンサー)が、「エフエムながおか」(新潟県長岡)の脇屋社長と昔から親交があり、物心両面で全面的な協力を得られたこと。山元町の町長が初代の宮城県危機管理監だったので臨災局の必要性を理解していたこと。日本財団からの資金援助があったことなどから、県内で早い段階で臨災局として開局した。現在は、「エフエムながおか」の山元町支局の形で放送。地元住民のボランティアスタッフも加わって運営にあたっている。当初の被災情報の放送から復旧、復興に向けた情報、話題に内容が移っており、災害関係の放送では町議会の模様を生放送したり、毎日の放射能測定結果を発表するなどしている。平成26年3月まで継続することが決まっているが、その後コミュニティFM局として存続させるかどうか、資金面のこともあり、町を中心に検討して行くことにしている。キャリアを発揮している高橋さんは「震災で多くのものを失った中、数少ない新たに生まれたものをなくすのはもったいない。復興の姿が見えるまで放送を続けたいと」話している。
AわたりさいがいFM(FMあおぞら)
場所 町立図書館などが入っている「亘理町悠理館」2F
開局 平成23年3月24日 出力30W
チーフ 吉田圭さん 西垣裕子さん
「りんごラジオ」の開局を見て、自分たちの町にも正しい情報が必要との思いから、吉田さんを中心にボランティアスタッフが山元町と同じく「エフエムながおか」の支援を得て開局。4月に日本財団などの支援を受け「ラジオ」と「電池」3千個を町民に配布した。運営費は、日本財団の助成や赤い羽根ボランティア支援、国の緊急雇用対策費などを活用している。震災当初と情報内容は変わってきているが、「ふるさと便り」や町長への月一回
インタビュー、復興関連情報や広報誌の内容を、町内の農家に嫁いだ外国人等に向けて3か国語に翻訳して放送するなど、町民の帰属意識を深める放送を続けている。臨災局としては平成25年3月まで継続する。その後はコミュニティFM局として存続させたいと考えているが、町の予算不足や広告スポンサーが期待できないなど運営資金の問題を抱える。
BいわぬまさいがいFM(FMほほえみ)
場所 市の複合施設「ハナトピア岩沼」内
開局 平成23年3月20日 出力100W
局長 渡邉正次さん
平成10年に、市の第三セクターのコミュニティFM局として開局した「エフエムいわぬま」が、臨災局の免許を得て、出力もそれまでの20Wから100Wに引き上げて開局。放送自体は、震災発生直後の3月11日14:51に第一報を放送。15:00からは緊急災害放送に切り替えて対応した。現在は、ひととまちの復興の様子を伝える番組を週4回(再放2回)放送している。臨災局としては他の臨災局と歩調を合わせて続けて行くが、その後は元のコミュニティFM局「エフエムいわぬま」に戻る予定。年間4000万円の運営経費は、市からの放送業務委託費やCM収入だが、今後も市の支援は不可欠になっている。
3つの臨災局訪問を通じて、今回は、臨災局の免許を出すことについて総務省東北総合通信局の対応が非常に早かったこと、市や町など自治体の取り組みも早かったこと、他地域のコミュニティFM局や日本財団などの民間の支援体制が早くから整ったことなどが、これだけ多くの臨災局が開局した理由と思いました。開局後は、熱心な担当者やボランティアに支えられて地域の放送局としてしっかりと根付き、その役割を十分果たしている様子が伺えました。また、岩沼市のように、開局からすでに15年経つ第3セクターとしてのコミュニティFM局があって、震災後直ちに災害放送局に切り替えることが出来たところもあり、改めてコミュニティFM局の存在意義を示したといえるでしょう。残された課題として、放送がコミュニティFM局として値する内容なのか? 年間数千万円かかるといわれる運営費を自治体や民間からどのように確保するか? そして何よりも“いざ”という時のライフラインとして、地元住民の支持を得られるラジオ局となれるのか?
以上の課題をクリヤーし、今後の非常災害への備えと地域発展のために多くの臨災局がコミュニティFM局として継続されることを期待しています。
最後に、今回の訪問にあたり、臨災局の研究を行っている関西大学 市村元先生から多大なご尽力を頂いたことに感謝申し上げます。 |
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