番組制作者の声
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「ちょっと異議あり」

溝口 博史 (北海道放送 社長室長)


 第三次産業は床屋さんに代表されるように頭の数で収入が決まり、人口の多い地域に集中する。放送事業も同じ理由で床屋さんと軒を連ねている。だから、頭の数が少ない北海道の放送局は、「熊が走る高速道路」の批判同様に「デジタル送信所に90億円もかかるなんて、馬や牛にテレビを見せてどうするの」と揶揄される。しかし、自然を相手にした農林漁業などの第一次産業は、生産者と消費者の住まう地域に距離があっても十分成り立っている。生産量日本一の北海道産米は全国で消費されるし、野菜や魚介類は築地市場に直行している。これに倣えば、ローカル局は、髪が伸びた視聴者が近隣にいなくとも、良質で鮮度の高い番組を全国に発信して生き延びることができるのではないか。
 キー局の番組制作者とローカル局の私たちとの相違点は、生活が便利な「集住」を好むか、不便でも精神的に豊かな「散住」を選ぶかといった「住まい方の違い」でしかない。しかし、住まい方の違いは哲学や文化の違いであり、そこで創られる番組も自ずと性格を異にしてくる。例えば北海道で暮らしていると、日本列島全体を地図の上の方から第三者的に眺めているような冷静な気持ちになって、世の中の動きに「ちょっと異議あり」という感情が生まれてくる。地方から何を発信するのかと問われれば、この「ちょっと異議あり」にほかならない。いささか古くなるが、湾岸戦争勃発時、バグダッドの空爆を子供の頃に夢見たアラビアン・ナイトの破壊として伝える報道が一切ないことに異議ありを感じた。自己責任で取材に出かけ、無傷で残っていた「アリババと40人の盗賊」のモニュメントを見つけたときは、ほっとした。クルド人居住区で銃器に囲まれ2時間の拘束を受けたが自衛隊が派遣されていなかったので幸い人質を免れ、ドキュメンタリー番組が生まれた。また、全国にばら撒かれるグルメや料理ネタばかりの情報番組に異議ありと、当方は独居老人の食事に焦点をあてるドキュメンタリーを制作してみた。これらは、地域限定の特産品ではない。素材は全国共通でも視点というか味が違うのだ。ローカル局だからといって、地域のテーマだけを扱うのでは詰まらない。イラクも北朝鮮も年金も、地方に暮らすから見えてくるものがあるはずだ。タマちゃん騒動のときは寝ても覚めてもの過熱報道ぶりに異議ありで、江戸時代の瓦版に登場するアザラシ騒動を思い出した。江ノ島に出現した海獣が江戸庶民の人気を呼んで連日の大騒ぎという記事。庶民もマスコミのありようも160年変わらぬ哀しさに「天保のタマちゃん」をTBSのニュース編集長に紹介した。TBSは直ちに瓦版の所有者を関西に発見、MBSが取材して全国放送となった。現場は横浜、企画は北海道、取材は大阪という連携プレーが楽しい。
 私がテレビに期待する放送文化は、視座が異なるローカル発の番組がネットワークのなかで飛びかう姿だ。視座の違いは住まう地域環境から醸し出される。調子に乗って書けば、これは全国各地に個性的で価値の高い地酒がたくさんあることに似ている。熊本の美少年は今年もいい味を出し、岡山の炭屋彌兵衛は相変わらずの辛口で、石川、富山、新潟の日本海側は腕利きの杜氏揃い。いずれも芳醇な地域の味と香りにこだわりつつ全国の酒家と勝負している。
ネット番組の制作が東京に一極集中している現状は異常だと言わざるを得ない。日本のテレビは50年を過ぎたが、まだ本当の価値が見えていないのだ。価値とはテレビに備わっているものではなく、テレビを使う私たちの考え方による。制作者の手でテレビを変えていこう。


<執筆者のご紹介>

溝口 博史(みぞぐち ひろし) 北海道放送 社長室長

 1952年北海道生まれ慶應義塾大学卒。75年北海道放送入社。テレビドキュメンタリーを多数制作。97年報道部長、99年報道局次長、01年より現職。平成13年度芸術祭放送個人賞受賞。
 主な作品 「大草原の少女みゆきちゃん」「童は見たり」「夢見るころに教わりし歌」「第九を歌った町」「がんばれ!たったひとりの一年生」「過ぎし日のブラームス」「老いの食卓」など。