上記2本の作品を視聴後、それぞれの制作者が自らの作品を語り、会場参加者と意見交換を行った。
熊谷氏は、この番組を制作するにあたり、初めは病気のことを人々に知って貰いたい、伝えたいと思っていたが、取材を進めて行く過程で、病気の辛さではなく、家族の温かさ、少年の今を生きる一生懸命さを伝えたいと思うようになった。また、難病にかかわる国の制度についても伝えるかどうか考えたが、25分という枠の中で、伝えたいのは家族の温かさだと思い、番組の中では多く触れなかったと語った。
熊谷氏は入社8年目のニュース記者、これまでも“人”を中心に取り組んできたと語り、25分という長さの編集の難しさにも触れた。
大脇氏は、この番組はテレビ局に送られてきたテープがきっかけだったという。病院長が流産の患者に発したひどい言葉。そこにあるのは院長の人間性ではなく、もっと大きな背景があるのではないかと思い、取材を始めた。しかし、取材しているそばから産科医療の事態が日々悪化して行く状況に、番組が放送される頃には時代遅れになるのではないかとあせりすら感じた。ふだんの取材では“人にはやさしく、事実には厳しく”ということを心がけ、悪者を作らないようにも、と語った。感情と社会現象のバランスをどうとっているかとの質問には、感情を上回る量の取材を日々めざしているとこたえた。
両氏は、仙台と名古屋と離れていても同じ系列局の制作者として、NNNドキュメントという番組枠で会う機会もあり、お互いに企画書の段階から刺激を受けていると話した。
コーディネーターの丹羽氏は、テレビ番組に欠けているもの、それは「批評」だとし、冒頭でこうした「語る会」の意義について触れた。また、両氏の例をあげ、地域を超えた系列局の力、また制作者フォーラムのように系列を超えた地域の連携が、制作者にとって番組作りへの強い意欲につながっていることを会場にむかって投げかけ、3時間に及ぶこの会を締めくくった。 |