番組制作者の声
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テレビの向こう側で

有吉 伸人 (NHK番組制作局(番組開発)チーフ・プロデューサー)

 「今、テレビって、見下されながら、見られているのよ」
 今年の初め、テレビ放送開始50周年特番の打ち合せの席で、ある人気脚本家が語った言葉である。
 話の趣旨はこうだ。昔は、ブラウン管に流れる映像は無条件に有り難いもので、テレビはお茶の間で仰ぎ見られていた。しかし、今は違う。テレビはあって当たり前のもの。立場が強いのは送り手よりも受け手の方で、おもしろくなければ、リモコンのボタンひとつで番組を消してしまう。テレビは見上げるものから、見下すものに変わったのだ。なにげなく発せられたこの言葉が、ずっと心にひっかかっている。
 今、私も含め、テレビマンの大半は、視聴者の関心をいかに惹きつけ放さないかに精力を傾注している。あおるコメント、派手なテロップ、インパクトのある映像を冒頭に持ってきて興味を引っ張るのは演出の常道である。なんとかチャンネルを変えさせまいというこの行為自体が、送り手と受け手の力関係を象徴的に表している。しかし、そんな私たちの手練手管は受け手の視聴者にどう受け止められているのだろう。実は、冷ややかに見透かされているのではないかと私は思うのだ。
 私達は、新番組を作る時などに、一般の人に番組を視聴してもらい感想を聞くヒアリング調査を行う。民放ではかなり前から行ってきたそうだが、NHKでも視聴者の声を番組に生かそうと遅ればせながら導入している。調査の時、いつも驚かされるのは被験者の眼力である。こちらが「ちょっと弱いなあ」と思っていた場面は大概、退屈そうにしている。感動させようと力んで作れば、その作為がすぐにばれる。視聴者は「すべてお見通し」なのである。
 四年前「プロジェクトX」を立ちあげる際に行った聞き取り調査は今も忘れられない。
 当時は、スタジオに有名人のゲストを呼ぶ演出だったのだが、調査の被験者全員が異句同音に「プロジェクトの当事者がなぜスタジオに来ないのか」と指摘した。いや、指摘というより、「目を吊り上げて怒った」、というのが正確である。第一回の放送分には、高名な女優さんにご出演いただいていたのだが、それが猛反発を受けたのである。ご本人の話の内容が悪かったわけではない。美しい女優さんを出して番組を華やかな雰囲気にしようという私たちの姑息な目論見が、被験者に見抜かれ、怒りが爆発したのである。テレビの向こう側ではいつも、こんな罵声が飛んでいるのか・・・・私は頭をハンマーで殴られたような気分だった。この調査以後、番組はプロジェクトの当事者をスタジオに招くという今のスタイルに変えた。
 冒頭の言葉に戻る。テレビは見下されながらも、今はまだ「見られている」。調査のときに、被験者が怒ったのは、見下しながらも、番組になにかを「期待」していたからではないかと私は勝手に思っている。テレビに期待している人は確かにまだいるのだ。放送文化を発展させるということは、すなわち、期待に応え、見下す視線を画面に釘付けにするような番組を、作り続けることに尽きると思う。
 テレビの向こう側では、今日も「何、安易なことをやっているんだ」という罵声が飛んでいる。その声に耳をふさぐことなく、日々、知恵をしぼって新しい企画書を書き、地道に魅力的な素材を探し続ける。私たちにできることはそれしかないと思う。


<執筆者のご紹介>
有吉 伸人(ありよし のぶと) NHK番組制作局(番組開発)チーフ・プロデューサー

 1963(昭和38年)年、山口県生まれ。
‘86年NHK入局。熊本放送局を経て、90年より番組制作局ディレクター。
「西田ひかるの痛快人間伝」「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」「プロジェクトX挑戦者たち」など、ドキュメンタリーからバラエティまで幅広く担当する。2002年より現職。