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話題の放送番組を見る会・語る会(第8回)開催報告
 平成20年3月19日(水)、「話題の放送番組を見る会・語る会」を千代田放送会館7階会議室で開催した。ゲストにフジテレビ ゼネラルプロデューサーの横山隆晴氏を迎え『泣きながら生きて』を視聴した。視聴後、横山氏はこの番組の長期にわった制作過程や普段の制作姿勢について語った。続いて丹羽美之氏をコーディネーターとして、会場参加者との意見交換が行われた。
 参加者は、民放、NHK、プロダクション等の番組制作者、新聞・雑誌関係者、放送作家、研究者、学生など計60名が参加した。

『泣きながら生きて』 フジテレビ
(2006年11月放送/105分)
横山 隆晴(よこやま たかはる)
(フジテレビ ゼネラルプロデューサー)
<番組内容>
 番組は、家族のために日本で働く中国人男性の生活を10年間取材し、上海に離れて暮らす妻と娘との再会と別れを織り交ぜながら、圧倒的な時間の重みをもって家族の絆を淡々と描いた作品。中国シリーズ6編の最終編。

 民放では、ドキュメンタリー番組は深夜に放送されることが多い。そういうなかで横山氏は、自身の作品をゴールデンタイム枠に、全国ネットで放送することにこだわり続けている制作者。一度でも一ケタの視聴率を出したら次はないとの覚悟をもって臨んでいると話す。そのため、「北から南まで、全国の視聴者に見続けてもらえる作りにする必要がある。ドキュメンタリー作品として<賞>をとるのが目的ではなく、見ている人になにをプレゼントするか、そのことばかり考えている」と制作の姿勢を語った。




◆◇◆ドラマやバラエティに負けないで◆◇◆
ゲスト 横山 隆晴 氏(フジテレビ ゼネラルプロデューサー)
 今回、放送文化基金から、『泣きながら生きて』を「話題の放送番組を見る会・語る会」の対象番組にして戴きましたことに感謝を申し上げますと共に、ご多忙にも拘らずお集まり下さいました各界の大勢の皆様に改めまして感謝致します。
 『泣きながら生きて』はフジテレビ系列全国ネット・ゴールデンタイムで放送されたものですが、しかし本質的に、こうした地味な番組が、所謂“銀座4丁目”の放送時間帯に編成されることは困難であるという現実が一般的にはあります。
 ナビゲーター役のタレントさんが出ていないと、見易くする為のスタジオが開かれていないと、ハンディキャップを負った人や死にゆく人といった圧倒的に“強い映像”が無いと、ドキュメンタリーは民放のゴールデンタイムで放送されることが極めて困難な状況になっています。そして更に、バラエティやドラマなどの“元気”によって、ドキュメンタリーという番組ジャンルは、一層タイムテーブルの隅の方へ追いやられていく傾向が強まっています。 
 取材対象者に派手さは無いけれど、その特殊性の無いフツーの市井の人々の情景の中にこそ、全国の視聴者の皆さんへ共感を以って贈ることのできる普遍性があると思っているのですが、そうした“地味な”ドキュメンタリーは、放送時間帯に於いて、どうしてもドラマやバラエティなどに勝つことができていません。この現実を、当然だ、当たり前じゃないかと、どこか私たちドキュメンタリー制作者自身が諦観してしまってはいないでしょうか。
 ドキュメンタリー番組のタイムテーブル上での衰退には、簡単ではない勿論さまざまな要因が考えられますが、しかし私たち制作者が真っ先に肝に銘じなければならないことは、他でもない、私たちドキュメンタリー制作者の「力の不足」という一点なのだという気がします。
 ドラマやバラエティが、ゴールデンタイムを席捲しているというのは、それらを制作しているスタッフに力があり、そして、結果を出しているからです。彼らの競争は熾烈です。結果を出さなければ淘汰されます。厳しい競争の中にあって、大勢の人たちに観てもらえる為の工夫を、彼らは日常的に考え続けています。そうした競争原理に伴う厳しさが、自戒を込めて総体的にドキュメンタリー制作者の世界には不足しているような気がします。
 「“いい番組”を作ればいい」、その結果「賞が取れたらいい」……その“いい番組”や“受賞作品”は、全国の一体どれほどの人に観られていて、知られていて、どれほどの影響を与えているのでしょうか。深夜やノンプライムタイムでの放送が実態のそうした番組が、テレビ局の、“良心的な存在”といった免罪符としての意味合い、“番組審議会向け”のものになって良しとしている傾向がもしあるのだとしたら、ドキュメンタリーというジャンルは、自らの責任によって、少なくともテレビの表舞台からは次第に姿を消していくことになるのは必然な流れのような気がします。
 現在フジテレビのドラマ全体を牽引している大多亮氏は、「私は無冠ですヨ!」と笑いながら言います。
 私は他ジャンルであるドラマの内容云々について言及する資格は持ち合わせていませんが、ただ、大多氏が大勢の観客にサービスする為には何が必要なのかを懸命に模索し、彼に続く弊社ドラマ制作センターのスタッフも一丸となって、ゴールデンタイム上での闘いを厳しい競争原理の中で展開していることは事実であり、それは見事です。「無冠ですヨ」と軽やかに笑う言葉の奥にあるもの……重要なことは観てもらってナンボ、話題を作れてナンボ、つまり視聴者を獲得できてナンボだと、潔く言っているのです。
 同じテレビの世界に所属している者として、私たちドキュメンタリー制作者に、こうした視点が今、果たしてどれほどあるでしょうか。そうした意味に於いて、私たちには「力が不足」していますし、もしかしたら、しのぎを削る競争相手の少ないユルい自己完結的な環境の中で「努力も不足」しているのではないでしょうか。突飛な言い方で申し訳ありませんが……『月9』に立ち向かっていこうとする気概と勇気と、そして新しさが、きっと私たちには必要なのだと思います。その困難へのトライは、凋落傾向にあるかもしれないテレビの流れを変えていける可能性を持ち得ます。そして、それは混濁する社会へのプラス方向の影響にも繋がっていきます。 
 放送文化基金が、民放の地味なドキュメンタリーにも賞を与えてくれ、温かく応援してくれているうちに、私たちドキュメンタリー制作者は、それに甘んずることなく、あくまでも大勢の視聴者の方向に目を向けた制作努力を、場合によっては全く新しい発想を持って行っていく必要があるのかもしれません。ドラマもバラエティも懸命です。私たちがテレビ・ドキュメンタリーを、“特殊なジャンル”などと捉えていてはならないのだと思います。“楽しいだけがテレビじゃない”といった本質的に困難な気概は、逆風の中に在って自然です。

<制作者プロフィール>
横山 隆晴(よこやま・たかはる) (フジテレビ ゼネラルプロデューサー)
1953年生。新潟市出身。早稲田大学政治経済学部卒業。フジテレビ入社。社会部記者、ニュース番組のディレクター等を経て、現在、編成制作局に在籍。 主な作品に、『ドキュメンタリー白線ながし〜4年後の早春賦』('96)、『ドキュメンタリー 北の国から』('02) 、『桜の花の咲く頃に』('05)<第1回日本放送文化大賞>、視聴作品は≪中国シリーズ≫6本('96〜'06)の集大成といえるもの。 07年に第33回放送文化基金賞 個人・グループ部門 <放送文化> を受賞。

◆◇◆テレビは「待つ」ことができるか◆◇◆
コーディネーター 丹羽 美之 氏(東京大学 准教授)
 横山隆晴さんの番組には、何かを「待つ」人の姿がいつも印象的に描かれる。合格通知の到着を祈るように待つ高校生。大切な人を亡くした哀しみが癒えるのをじっと待つ家族。厳寒の地で桜の花が咲く春が来るのを我慢強く待つ人々。今回視聴した『泣きながら生きて』にいたっては、家族との再会を10年以上も待ち続ける父、母、娘の姿が描かれる。
 哲学者の鷲田清一は『「待つ」ということ』という著書のなかで、現代は「待たなくてよい社会」「待つことができない社会」になったという。携帯電話の登場で、私たちはいつでもどこでも連絡が取れる便利さを手に入れた反面、誰かと待ち合わせする時のドキドキを失った。組織は短い期間に成果を出すことを求め、ものを長い眼で見る余裕を失った。私たちの暮しから「待つ」ということが消えつつある。
 これはテレビにとっても他人事ではない。いまテレビはますます結論を急ぐようになっている。急いで結論を求めるあまり作り手も「待つ」ことをしなくなった。逆に言えば「仕掛ける」ことが多くなった。長期取材をして待つ、偶然を待つ、機が熟するのを待つ、といったことがテレビからも忘れられつつある。
 横山さんのつくる番組は、そんな時代に抗うように「待つ」人々を描き続ける。待つことが長かった分だけ、待つことに耐えた分だけ、訪れる未来は劇的なものになる。「待つ」ということがどれほど人生に深い陰影を与えてくれるか、「待つ」ことを失った人生がいかに味気ないものになってしまうか、ということをこれほど見事に描いた番組を私は他に知らない。